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風次郎のColumn『東京楽歩』
(No369T−87)
部屋着姿のポーリーヌ・オノ 種を蒔く人(ウェールズ蔵)
ミレー生誕200年展パンフレッドより
2014年9月
東東京楽歩(No87)
ミレー展を観る―その2―(府中市美術館)
山梨県立美術館で8月に観てきたが、近くの府中市美術館に移動して開催されているの
で、もう一度観に行ってきた。
絵を鑑賞しながら、農業を通して自然に打ち解けた彼の生涯を語る作品群にもう一度触
れておきたいと思ったからである。
ミレーが生まれ育ったのはノルマンディー地方のグリュシーという寒村の農家であった。
8人兄弟、農家の長男であれば、19歳からシェルブールで始めたという絵の修業も、
21歳の時に死去した父のあとの家業を継ぐために諦めざるをえなかったのであった。
しかし、彼の絵画に対する情熱は捨て難いもので、祖母に押されて再びその道を決断す
るのである。
この祖母から影響されて育まれた渾身に宿る自然と生命への敬愛が、ミレーの生涯にひ
たすら流れ続ける彼のテーマとなっているように思う。
それは自然の恵みに留めなく寄せる感謝であり、憐みを超えて人と人が睦合う、歓びの
ひと時と化していく時の流れを見つめることでもあったのであろうか。
殊にバルビゾン時代、神への畏敬が漂う彼の絵にはどこかに自然と戯れて働く人の姿が
存在し、収穫を分かち合う人の心が旋律を醸しているのである。
家族や身近な人々を愛情をこめて描いた農村の絵画は、バルビゾンに住んで勤しんだそ
の仲間たちとの一つの足跡として(バルビゾン派=パリの南方約60kmのところにあるフ
ォンテーヌブローの森のはずれのバルビゾン村に定住し、風景や農民の風俗を描いた画家
たち、ミレーのほか、カミーユ・コロー、テオドール・ルソー、ディアズ、トロワイヨン
など)絵画史に受け入れられている。
だが、ミレーの初期の取り組みは肖像画であった。
愛する妻ポーリーヌ・オノは結婚後すぐに結核を患い3年余りで他界してしまうのであ
るが、彼はポーリーヌを、知られているだけでも4点の作品に残している。
さらに今回は、その親族義父や義兄たちの肖像画も掲げられていた。いずれも力作であ
るし、私はこの人の描く人物の目線に優しさの表現を感ずるのだが如何であろうか。
ミレーを受け入れるのに自然への視線と共に、人への憧憬から離れることはできないと
思う。
ポーリーヌの病死後、ミレーはカトリーヌ・ルメールという小間使いの女性と同棲し、
9人の子供(3男、6女)をもうけた。同棲のままだったのは、ミレーの実家が結婚を認
めなかったためで、入籍は祖母や母の死後、そしてミレーは60歳で死去する直前に教会
で結婚式を挙げている。
今回はカトリーヌ・ルメールの肖像画も展示されていた。
○
種まく人(Le semeur)はミレーの代表作のひとつであるが、この絵は、晩夏に麦の種
をまく農民の姿を信仰に喩えた如く絵画化したものである。
ミレーは、知られている限り『種まく人』の絵を5枚描いた。
3枚はサロン用とも言うべき大きさ(約60×80cm)のキャンバスに油彩、もう1
枚は小さなキャンバスに油彩である。さらにもう1枚はリトグラフにしたもの。
府中に展示されたのは3枚で、個人蔵である初期の頃の@小さな油彩とAウェールズ国
立美術館から運ばれた大きな油彩、それにBリトグラフ(個人蔵)である。
日本にはこの他にC山梨県立美術館に大きな油彩がある。そしてもう一枚はDボストン
美術館にある。山梨ではこの展覧会の隣室に常設室を公開していたから8月には一緒に4
点を見る事が出来た。
私はボストンでも観たからこれで全部を観終わって満足している。
ミレーは同じ構図で大きく手を振って麦を放る農夫を描いたのである。
麦を放る手は右のものと左のものがあるが、右手で放っている絵の方がダイナミックな
雰囲気を訴える。
背景は土手と空であるが、土手には代表作CとDは藁を積んだ荷車と作業夫が、Aは黒
い牛が描かれている。Bは畑の中の構図に後ろは耕運機である。@は左手を振っているが
画面が小さいので背景を風景とまでは見られない。
@は初期のものとして、CDは名画としての貫録と頷ける。
ミレーの農民画は同時代や後世の画家に影響を与え、数多く模写されている。
特にゴッホは評伝を通じてミレーに親しみ精神的に師と仰いだと言われ、自分の作品の
なかにもミレーのモチーフや構図をそのまま取り入れている。
ゴッホの『種をまく人』はミレーの作品を正確に模写したもので、これこそゴッホはミ
レーでありたいと言わんばかりの証であろう。私はクレーラ・ミューラ美術館でそれを観
たが、ミレーとは異なる明るい色彩が加味されてより風景画的な作品となっている印象を
受けた。
ゴッホがミレーに感化されたであろう程の作品を手掛けたのはアルルで過ごした時であ
る。そこには南仏の煌めくほどの太陽に照らされた自然があり、又、彼自身がそれと結び
付けて呼び寄せ、同居したゴーギャンこそ明強な色彩を好んだ画家であったから、影響さ
れたかもしれない。
しかし、ゴッホの農民への思慕、さらにゴーギャンがタヒチの野生の中にも信仰の概念
を織り込んだ作品を残した事などは、ミレーからの流れと言えるのではないだろうか。
バルビゾン派の中でも、大地とともに生きる農民の姿を、崇高な宗教的感情を込めて描
いたミレーの作品は、早くから日本にも紹介され、農業国日本では特に親しまれたといわ
れる。親しみが高じたのか、ミレーの『種まく人』は岩波書店のシンボルマークとして1
933年(昭和8年)に採用されている。
府中ではポーリーヌの肖像画と、「種を蒔く人」をジックリと観れて良かった。
だが、いずれにしてもミレー自身の心の在処(アリカ)は沈む陽を背に「祈る姿」にあ
ったのではないかと改めて思う。
ミレー展は、11月には宮城県美術館に巡回するとのこと、絵画ファンにはこの秋のプ
レゼントとしてさらに親しみを増すことであろう。
風次郎
種を蒔く人(山梨県立美術館蔵)―館外展示の予定はない―
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