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風次郎のColumn『東京楽歩』  
  (No358T−81)

                                            福山 「黒酢」の話を聞く                                                                                                 

                                                                                   2014年6月
          東東京楽歩(No81)

          南九州を巡る旅(6)鹿児島へ・福山の黒酢と桜島
              
                                 雨の飫肥を出て、山中を鹿児島へ向かう。
                                 県境の峠を越え都城市に入るが、再び山間地をうねって曾於市をかすめ鹿児島湾へ向
                                かうのであった。
                                 平成に入っての市政改革は、幾多の古い名称が、殊に市町村名でインプットしている
                                世代にはなじみの薄いものとなり分かりにくい。
                                 児島湾の青い広がりがの中に雲のかかった桜島が大きく目前に現れ、曲がりくねった
                                坂道を降りはじめる辺りはもう霧島市福山町であった。国分市などと合併して霧島市の
                                一部となったのである。
                                 福山町は黒酢や福山黒牛などで知られている。殊に「黒酢」は昨今の健康への関心の
                                高まりから有名になった。
                                 福山黒酢の歴史は古く、江戸時代後期の1800年頃とのことである。江戸の藩政時
                                代から、重要な商業地であった福山町は黒酢の原料となる良質な米ときれいな湧き水、
                                 そして温暖な気候に恵まれており、黒酢造りには最適の町であったのである。
                                 平坦地が少なく、地域は海岸沿いの地区(下場)と台地の地区(上場)に地形が分か
                                れており、気候は下場では年平均気温が18.7度と温暖。上場では年平均気温が15
                                度で、冬には氷点下5〜6度になることもあり、県下において最低気温を記録すること
                                も少なくないそうだが、この環境に着目した商人竹之下松兵衛により黒酢造りが始めら
                                れたとされている。
                                 変化に富んだ厳しい自然環境の元で、黒酢にならしめるのが卓越した黒酢造りの名人、
                                黒酢杜氏の存在とのことであるが、ここではアマン壷と呼ばれる独特の壺を使っての製
                                法が特徴の由、この壷造り醸造による製法は日本はもちろん、世界でも唯一と言われ、
                                ここ福山町では200年も前から引き継がれてきたのであった。

                                 私たちはこの黒酢の郷で黒酢本舗「桷志田(かくいだ)」を見学した。
                                 黒酢が別名、壷酢(つぼす)と呼ばれるゆえんのアマン壷が、無数に店舗の外
                                の畑の様な斜面に並べられていた。すべて自然の基に置かれ、太陽、月、風、雨、雪の
                                影響を享受するのだと言う。
                                 福山黒酢は屋外に置かれたアマン壷の中だけで醸造されるため、一般的な「酢」より
                                も長い醸造期間が必要となるがここの「桷志田」ではその倍以上の2年〜5年もの醸造
                                期間を費やしている、と副支配人の滔々とした説明を聴いた。
                                酢造りは酒造りから発展したといわれており、ワインやウィスキーと同じように長期
                                熟成が味や香りの円熟度に大切とのことである。成程!試飲した黒酢は一般的な無色透
                                明の米酢に較べても美しい琥珀色をしており、また香りもよく、味はまろやかに感じた。
                                 それを芳醇と言うのだそうだ。

                                 湾岸を桜島に向かった。
                                 天気は陽が当たるほど回復していたが、桜島には雲がかかったままだった。湾岸は国
                                道220号線、東側からしかも間近に見る桜島は私には初めてであった。
                                 活火山であり噴煙が途絶えず降灰被害をもたらすと言うのに、周囲は鬱蒼とした木々
                                の緑であるのに改めて驚きつつ島へ渡って行く。垂水市との境界上にある桜島口から桜
                                島の南側を通り、桜島港に至るのは国道224号線である。
                                 島は1914年(大正3年)の噴火前、鹿児島湾内の火山島であったのだが、大正噴火
                                で流出した溶岩により大隅半島と陸続きになった。現在は東西12.2km、南北9.
                                5km、周囲52kmの小半島である。
                                 桜島は全域が鹿児島市に属し、霧島錦江湾国立公園に指定されている。
                                 明治以前は2万以上であった島内の人口は、大正大噴火の影響によって9000人以
                                下に激減、その後も減少が続き、現在は約5600人が住んでいると言う。そう聞いて
                                びっくりした。人は馴染んだ地は離れがたいものなのだと。住めば都かと。
                                 一定以上の降灰が確認されると市役所から家庭に克灰袋(こくはいぶくろ)が配布さ
                                れることを、私は初めて知った。家庭では降灰を克灰袋にいれ降灰指定置き場に置くと
                                市所が回収し、これを産業用(たとえばアスファルト製造等)に活用等すると聞いて感
                                心した。願いを込めた「降灰袋」と言う名前も成程である。
                                 市は島との交流の為、桜島と鹿児島市街地との間に24時間運航の市営「桜島フェリ
                                ー」を運行している。2000年頃には桜島大橋(仮称)が計画されたが、これは頓挫
                                しているようだ。
                                 いずれにせよ人間の自然との向かい合いを思わせるものがあった。
                                 私たちはバスに乗ったままスイスイとフェリーに乗り込み、海を渡って鹿児島港に接
                                岸した。その間20分、運転席を前後に備えたフェリーは実にスムースに連絡船の機能
                                を果たしている。

                                 桜島は御岳(別称:桜島北岳)と呼ばれる、約2万6千年前に鹿児島湾内の海底火山
                                として活動を開始した活火山によって形成された、地質学的には比較的新しい火山との
                                ことである。
                                 有史以来頻繁に噴火を繰り返し、現在もなお活発な活動を続けているため、学術的に
                                も重視されている。海の中にそびえるその山容は特に異彩を放っており、鹿児島のシン
                                ボルの一つとされている。
                                 姶良(あいら)カルデラ(南北17km、東西23km)の南縁部に生じた安山岩=デイ
                                サイトの成層火山で、北岳、中岳、南岳の3峰と 権現山、鍋山、引ノ平などの側火山
                                からなる。有史以降の山頂噴火は南岳に限られたが、「天平宝字」「文明」「安永」「
                                大正」の噴火はすべて山腹噴火でありプリニー式噴火で始まり、火砕流の発生、多量の
                                溶岩の流出と推移した。付近の海底からも噴火していると認められる。「昭和」噴火も
                                山頂火口そばの斜面で発生し、溶岩を流出した。
                                 南岳山頂火口は長期間にわたって活発な噴火活動を続けており、噴出物(火山ガス・
                                火山灰・火山礫・噴石など)や爆発時の空振、また、二次災害としての土石流などによ
                                り各方面に被害を及ぼしている。南岳の東山腹8合目に位置する昭和火口は、平成18
                                年6月に58年ぶりとなる噴火活動を再開し、今も活発な噴火活動が継続している。
                                 南岳山頂火口及び昭和火口から2km以内は立ち入り禁止となっている。

                                 ついに山頂は現わさなかったが、煙る象徴を仰ぎながら海辺の道路を温泉地指宿へ向
                                かった。                               
                                                                              風次郎 

    
   その日の「桜島」

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