☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
風次郎のColumn『東京楽歩』
(No353T−76)
名瀑「真名井の滝」
2014年6月
東京楽歩(No76)
南九州を巡る旅(2)高千穂峡
阿蘇の活火山は煙っている筈だが早い風に流される雲に覆われていた。時々西側に雲
の裂け目が出来て、下方熊本の町の彼方に有明の海が光ったりした。阿蘇南斜面を下る
バスは県道111号線を下り、国道325号線に出た。
山中である。そして、山麓をうねって進み、熊本県の高森町から宮崎県の高千穂町に
入る。
九州は神話の国、伝説による「日本の古里」の地である。
私は信州諏訪の出身であるから、信仰はともかく、もともと諏訪大社の氏子としてそ
の言われには関心が高い。
諏訪大社は広く日本中に末社を抱え、名だたる行事も多い。又、大社に本殿は無く、
ご神体は山という武者神である。神話では、「オオクニヌシ」の次男「タケミナカタ」
が、国体を整え出雲に勢力を張っていた父「オオクニヌシ」に対して、絶対的太陽神「
アマテラス」が、『天孫へこの国「葦原の中国」統治を再返還せよ』と求めたことに反
発し、「タケミナカタ」が不承知を盾に諏訪の地に境地を開いて威勢を張った、との謂
れである。
これは「古事記」神話から「日本書紀」に受け継がれている。
全国に名のある諏訪大社はさておき、「オオクニヌシ」と和解した「アマテラス」は、
孫にあたる「ニニギノミコト」を天下りさせ、これが後の神武天皇に至る天皇家の系統
図に繋がるとの言い伝えが始まるのである。
その天孫族降臨の地が高千穂なのだ。高千穂神社として祀られているだけでなく、地
球上あちこちに伝えられる絶対的太陽神の一つであるところの「アマテラス」が隠れてし
まい、暗転してしまった世界を光の世界に導く「天の岩戸開き神話」はここにも伝わっ
ている。
バスガイドが熱を込めて語ること30分に及ぶが、何度聞いても興味深かった。
○
日本の神話は穏やかに受け止められているが、しかし昨今、日本人のルーツが単に「
大陸にある」と言うにとどまらず、遠く「西域」ではないのかとの仮説が真実味を帯び
てきているので、興味は深まるばかりに思う。
なぜこのような神話が国の礎のように伝えられているのか、である。
私は、縄文から弥生への稲作文明が持ち込まれた時代の渡来を含むその時代の賢者達
が、遅ればせながらの国造り(統治)の為に神話を構成し、藤原京に始まる大和朝廷、平安
京へと歴史を進める礎としたのか?と、想像に胸を膨らませるひとりである。
――歴史と絡ませる想像の世界は楽しい。そして、日本には古事記より前の書物は見
つからず、微かに魏志倭人伝等に触れられる伝え程度からしかここに入って行けないの
はとても残念である。
一説に、B・C九世紀に消えたユダヤ10支族が、中央アジアを越えてやがてその一統が日
本にも辿り着いたとする仮定は、ユダヤ教やヘブライ文化と重なる諏訪大社を取り巻く史跡、
神事、風習があることも合成すると、仮説を繋ぐ鍵になるかも知れない。
日本人は一体何処から来たのだろう。
○
阿蘇は約12万年前と約9万年前の2回の大火山活動によって阿蘇カルデラをつくっ
たと言われている。
噴出した高温の軽石流(火砕流の一種)が、この地を流れる当時の五ヶ瀬川峡谷沿い
に厚く流れ下ったのであった。
そして火砕流堆積物が冷却固結し熔結凝灰岩となり、柱状節理が生じ、熔結凝灰岩は
磨食を受けやすいため、五ヶ瀬川の侵食によって再びV字峡谷となったものが高千穂峡
とのことである。高さ80m〜100mにも達する断崖が7kmにわたり続いている。これが高千
穂峡(五ヶ瀬川峡谷)である。
昭和9年(1934年)名勝、天然記念物に、昭和40年(1965年)には祖母傾
国定公園に指定された。又、ここにある「真名井の滝」は日本の滝百選に指定されてい
る名瀑である。
高千穂神社参拝を割愛して、私たちは、上流高千穂大橋の袂の駐車場から五ヶ瀬川に
沿った遊歩道を歩いた。急な狭い階段の遊歩道ではあったが、丁寧にメンテしてあって
幽玄な谷間に入って行く感じである。
深い断崖の下方からは、新道にかかる高千穂大橋、古くからあって苔生した神橋、旧
道に架かっている槍飛橋が3層に見上げることが出来た。
五ヶ瀬川は雄大な柱状節理でできた断崖(仙人の屏風岩と呼ばれる)のなかに低く澄
んだ清流で、迫力満点。真名井の滝は17mの高さから細く静かに水面に落ちて、神秘
感を極めていた。まさに高千穂峡を象徴する風景として、良く写真で見たままであった。
神話では天孫降臨の際、この地に水がなかったので、天村雲命(アメノムラクモノミ
コト)が水種を移した「天の真名井」から湧き出る水が滝となったというしろものであ
るが、実際は峡谷の崖上にある(遊歩道に沿った)自然公園内のなかの「おのころ池」
が湧水池で、それが流れて滝となって流れ落ちている。
美しい滝であった。
天孫降臨の地として語られるもう一方の地、「高千穂峰」は、宮崎県と鹿児島県の県
境に位置する複合火山、標高は1574mである。天照大神の孫であるニニギノミコト
(瓊瓊杵尊)が、葦原中国(あしはらのなかつくに)の統治のために降臨(天孫降臨)
した山であるとされ、かつて『紀元節の歌』にも「雲に聳ゆる高千穂の」と愛唱された。
この山頂には、ニニギノミコトが降臨したときに峰に突き立てたとされる、青銅製の
天逆鉾が立っており、山岳信仰(霧島六所権現)の舞台となっている。かつて、背門丘
(セタオ/ セトオ。高千穂峰山頂と御鉢火口外縁東斜面との間にある鞍部、二つの峰を
むすんだ稜線上の凹所)には、霧島岑神社が鎮座していたが、噴火により社殿が焼失し
た。このため、山麓の宮崎県側に霧島東神社、狭野神社、鹿児島県側の霧島神宮などに
分社したとされる。霧島岑神社は、現在宮崎県小林市に遷座しているが、私たちは鹿児
島県側の霧島神社にこの旅の最終に紀行参拝した。
風次郎
溶岩の造った柱状節理の峡壁
メルマガ・風次郎の「東京ジョイライフ」「東京楽歩」No77へ
メルマガ・風次郎の「東京ジョイライフ」トップへ
風次郎の「東京ジョイライフ」ホームページのトップへ
風次郎の「八ヶ岳山麓通信」のトップへ
風次郎の「世界旅」へ