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風次郎のColumn『東京楽歩』
(No340T−71)
立川中心街を走るバス(2014.2)
2014年3月9日
東京楽歩(No71)雪(2)雪掻き
2月14日は世間で言うバレンタインデーである。そして今年の場合は金曜日。この日
を目当てに若者たちは“花の金曜日”の夕暮れのスケジュールを楽しみに足を運ぼうとし
ていたのに、不意な雪空と絡んでしまった沢山のドラマは変わったものになったに違いな
い。
良きにつけ、悪しきにつけ、人生は往々にしてそんなものであろうか。相手が自然であ
ればロマンは潤ったり、また反対に他愛なくもあるということだ。
子供たちが皆独立して去った私の家にはバレンタインデーのロマンは何もないのである
が、せめてものお慰みがあった。
夜になって、町田に住む娘宅の今度中学生になる孫娘から電話があった。
「家でお母さん(私の娘)から教わって作ったクッキーを明日届けようと思ったがこの
雪では持って行くのが無理のようだね――。」と‐‐‐、バレンタインデーは微笑の類だ
が、こちらに遊びに来る楽しみを奪われるのは、当方と共通の寂しさ一抹である。
もう一人の孫息子の方は、「週末のサッカーの練習が中止になって残念!」と‐‐‐。
雪はどんどん、むしろ激しさを増して降り続けている夕方であった。
家内は「おかしいわね――。天気予報は午後からは下火で、夕方は止むと言っていたん
だけど!」と、些か怪訝だ。
夕食後も雪は降り続いていた。
雨になれば、雪量は減るかと思われたが、いっこうに止む気配はない。愛犬の散歩も、
図体が小さいから雪に埋もれながら15分で済ませたが、奮い立って物置から伝来の板製
の雪掻きとスコップを出してきて、玄関前の雪を掻き始めた。
もはや、門かぶりになって枝を伸ばした槇には15cm程もあろう濡れて重そうな雪が
積もって枝を撓わせている。これを下からツツイテ落としたり、付近の垣根の上の雪を掻
き下ろすなどして、道路脇の塀際に片付けた。
道路には、時折通過する車の轍が出来ている。そろそろ轍の下もビショビショが無くな
って、白い跡形だけになってきていた。少し重たげな雪だ。
雪は次第にしんしんと降るといった感じになっていく。細かい粒のような雪だが、それ
は暗くてそう多くないように見えるものの、塀の上に重なっていくのを眺めていると、ど
んどん高くなっていくようであった。
夜9時を近くなってから玉川上水のバス会社に勤める次男から「今夜は自宅には帰れそ
うもないから、そちらに泊めてくれ」と、電話が掛かってきた。
自分の車で通勤している彼は、会社の仕事としての雪への手当は一段落したが、自宅の
ある八王子方面はとても雪が深くて車は頼りにならず、電車のルートも心もとない由であ
る。
当方へ泊るは良しとしたものの、上水からここまで来るのが大丈夫だろうかと不安は隠
せずに居た。
11時を過ぎても次の連絡がないので、私も一旦入った寝床を抜け出して携帯電話を使
うと、我が家のすぐ近くの坂のところで立ち往生しているとのことである。
私は直ぐに仕事支度をして、スコップを担いで駆け付けた。
先の雪掻きからたった2時間の間なのに、道路の雪は思いの外の量で、大した坂でもな
いのだが、普通の乗用車では車体の底に雪が絡み、スノータイヤの効果も失われる程にな
っているのだ。
私は30年も前に、秋田で雪の中を走って勤務した頃の感覚が戻ってくるのを思った。
スノータイヤやスパイクタイヤ(当時の主流、今は禁止されている)を過信してはいけ
ない、と何度思ったことか。
家の近くだったから良かった、と息子の車の車輪の両脇を掘りながら、懐かしく当時の
雪国の思い出を辿るのであった。
ささやかな余裕があった。
私は次男と掘り出すようにして操作できるようになった車を平たい道に戻し、幸い近く
にあったコインパーキングのアキスペースの雪を除けて、そこに移動し駐車確保して家に
戻ったと言う訳である。
雪は真夜中のその頃も降り続いていた。
テレビは高速道路の渋滞やストップを深刻に伝えていた。
風次郎
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