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風次郎のColumn『東京楽歩』
(No317T−65)
すすき
2013年9月22日
東京楽歩(No65)夏の終り・暑気払い
暑い夏だった。毎週出かける都心での世俗との懇談会(表向き経済界の懇談会)も
7月の終わりから8月いっぱいは夏休みで閉会しているから、ついつい涼しい八ヶ岳
の麓で過ごすことが多くなって、東京の友人と語ることが少なかったように思う。
その反動か、私の方からとも、先方からとも断じがたく誘いつ誘われつ、都会の長
引く暑さに負けまいと(或いは負けて)「暑気払い」と銘打って出かける晩夏の宵が
続いた夏の終わりだった。
神田、新宿、目黒はてまた離れの八王子までも出掛け、へこたれずに行く夏を楽し
んで?過ごしたと言うことか。
酒は強い方ではないが、現役で世間を駆け回っていた頃は、仕事の必要性と言い訳
をしつつ良く飲み歩いた。だから言い訳をしなくて良くなった老域に入ってからは、
自心に素直になって、飲みたい時に声を掛け、声がかかっても無理には足を運ばずと
も良いとしている。必ずしもそうはいかない場面もあるが、勤めあげたサラリーマン
の成れの果て、幸か不幸かご多分に漏れず体の不具合も生じている始末だから、それ
も致し方ないこととして――。気合は入らないものの、このところ体調は安定してい
て、このシーズンの席は目出度くこなしているのである。
○
新宿は古里の学友と騒ぎながら飲んだ。
これは年に数回集まる集団?で、郷里信州の先輩名士が経営する歴史あると言って
も格式は無用のざっくばらんなで野暮?な店に寄り合う。きわめて平易な雰囲気だか
ら、周りには田舎言葉丸出しの客も大勢集まって居て、実に「ふるさとの、なまりな
つかし」の空気が流れ、寛げる。
我らは、この夏を過ごした経験を互いにさらけ出し、他の級友の消息を肴にしたり
して、酒を嗜む。もちろん仲間の中には自分の体は生来ノンアルコールだと錦の御旗
を掲げて、コカコーラ等を手繰ったりしてお茶を濁している輩も居るが、古い仲間に
違和感は無い。会費は一律、口先は早い者勝ちであるし――。
故郷を離れて東京に出てきた者達の集まりである。いきおい古里にいる友たちの噂
話にも花が咲くことも多い。だがお盆を過ごしたこの時期の集いは、どうしても最近
逝ってしまった友人の話に偏るのは否めない。
我らも年を感ぜざるを得ない状況になった。
今年は暑かったが、生き延びて??暑さに勝って来れて良かった、と盃を干す。
○
目黒には私にとって、人生学の師と仰いだ方の墓がある。
「少し早いが9月に入ったから彼岸の墓参りを」と、生前その師の最も近く(師が
要職に在った頃、秘書を務められた。)で仕えた方K氏を、朋友のごとくに誘い出し
て一緒に墓前で香を焚いた後、近くの居酒屋に向かい、店を口開けさせて飲んだ。
それは薩摩料理を看板に掲げた店であった。
目黒辺りであえて薩摩料理とは――、多少なりとも薩摩の偉人西郷隆盛に関心を持
つ小生は、前回の墓参の折、目に付いたので、K氏に如何を打診すると、二つ返事で
OKが出た次第だ。
薩摩は焼酎処であるが、私はもっぱら日本酒を通しているので訳の分からぬ薩摩の
地酒をいただいたが、辛口の割合旨い酒ではあった。もっとも酒肴はともかく、酒席
は相手と話しのウマが合えばあとは付足し、飾りに過ぎないもののようだ。肴が良く
なくてはならないのは一人で頷きながら飲む時で、そんな時も対面の親爺や女将がや
りきれなければ、早々と切り上げたくなるのが道理であろう。
書物や文学論に造詣の深いK氏とは何処となくウマが合ってお付き合いを願ってい
る訳だが、生き方論は勿論、その宵はこのところ新たに興味を増した漱石に関して氏
の一論を拝聴した。
いわくその技量の幅は一概についていけない、と――。K氏でもそうなのか、と構え
てしまう。さもありなん。
日本に屈指の文豪であれば、日常の興味で近づけるものではあるまいが、ただ、彼
の文豪にはそれを感じさせない、巷の人を引き付ける凄さが定評である、ともいえる
と思う。
私の新たなる興味と言うのは、その文章の美しさであるが、この秋は暫しそれに触
れて過ごそうと思う。
席に料理を運ぶ従業員の男は料理の勧めに極めて熱心だった。苦瓜を粕であえた付
け出し、そして多聞に漏れぬ薩摩揚、が出たが、話に夢中ですぐに酩酊してしまった
小生は、そのあとかつおのタタキを甘いたまりのような薩摩醤油で戴いたぐらいしか
良く覚えていない。
酒は人と飲むのが楽しい。今が「おいどん」西郷の生きた幕末、維新の時代でなく
て良かった。世界中争いだらけのようだが、身の回りはかくも平和である、と――。
○
神田やお茶の水では時々飲み屋に入る。
行きつけと言うほどではないが、だいたい店は連れ立つ輩に合わせて2〜3軒に決
まってしまう。
そのうち一軒は昼間は喫茶店をやっているが、夕方から料理人が入り、酒を出す店
に変わる。地の利を生かした店だ。
その店は、会社仲間の先輩が眼をつけた処場で時々我々も呼ばれる。私もその料理
の出し方がかなり気に入って、年に数回は行きつけるようになった。
旬の魚があり、その季節の変わったメニューを料理人が作って出してくれる。
皿器も気が利いてるし、料理は仕上がりが丁寧で、気持ちが良く旨い。
私は酒を燗で求めることが多いが、ここの徳利は小ぶりの備前、盃も小さく、口に
放り込むように一飲みにするには丁度良い。飲み方に理屈をこねる程の酒飲みでもな
いが、ここならば一人でも飲んで居られそうだから、何時か寄ってみようと思っては
いるのだが、一人の時はまだない。そんな店である。
カンカン照りの暑かった日、例によって、先輩から声が掛かり「暑気払い」で飲ん
だ。
別件からの流れで一人の仲間、同輩と明るいうちから店に入り、別に来る先輩を待
つことになったが、まだ看板(喫茶店)が改まってない中でビールを貰った。先ずの
一杯が途方もなく旨かった。看板が「飲み屋」に変わる時間に二人連れ立った先輩が
現れ合流した。その時点で我らも日本酒に改める。
会社仲間が席に着くとどうしても職業観が漂うのは致し方ないのであろう。話の共
通点が、命懸けを装って過ごした日々から齎されるからということだろうか。
想い出話には、会う度に新しいストーリーが現れる訳でもないのに、その都度激昂
し、感激し、興奮もし直したりして時を過ごす。
彼の先輩はフィラデルフィアで会社特派の勉学の時を経、日本経済隆盛期のニュー
ヨーク勤務を過ごした良き時代を懐かしみながら酒量を上げる。彼の花形時代を聴き
つつ、こちらも口に運ぶ酒を放り込むように飲む。
誰にも花形の時代はあって良い。それこそ人生の支えではなかろうか、と思う。
その勢いに乗って、他の席に聞く耳を持つ輩たちは、自分の奮戦記を語リ始めたり
するのだ。皮肉も愚痴も混じるが、全て可として許される。いや、そうあるべきと言
おうか。
私も口を挟んだり、自分のはかない戦記を漏らしたりする。何時も何となく張り切
った気分にならないものの、小さくなっている訳でもないから、程々に自己主張に声
を高めたりして盛り上がっているのだろう。酒は旨い。
サラリーマンは自分の戦場にあった過去を美化し、心に秘めて、時々それを取り出
しては眺め、涙で霞んだ光景として慈しむのだ。――良き時代だったと、あるいは愛
しい時代だったと。
人生の花は、盛り場のあちこちに咲き、今日も花園のように煌びやかであってほし
い。たとえ古い時代に何回も何度も散った花であったとしても――。
神田の夜風が少し心地良く感ずるようになる頃、夏は去っていく。
風次郎
秋を知らせる野の花
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