☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
風次郎のColumn『東京楽歩』
No227T−048)
ロープウェイからの槍・穂高(11.10.04)
2011年11月06日
東京楽歩 (48) 乗鞍と西穂高行(11.10.02~4) (その5)西穂山荘へ
部屋の窓を開けると平湯川の対岸は明るい朝陽に満ちて、やや紅葉気味の落葉樹の
葉が早朝の過ぎ去った霧に濡れて光っている。
穏やかな静かな朝だった。昨日よりもずっと良く晴れて快晴の朝で嬉しかった。
私もはなも西穂高へ登るケーブルカーには乗ったことが無かったし、若い頃から何
時かは、と憧れた穂高の稜線に達するにはまたとないチャンスだと思った。
私はY氏に、是非にとお願いしてその日のスケジュールを西穂山荘行きにしてもら
うことにした。皆が快く賛同してくれた。
勇んで朝食を済ませた私たちは、8時30分には宿を発った。平湯川沿いの道路を
下り、栃尾温泉で穂高から流れてくる鎌田川の合流点に架かった宝橋を渡って、上流
の新穂高温泉へ向かう。やがて温泉街を抜けきると20分ほどで鍋平高原の駐車場に
着いた。夏のシーズンを終わり、まだ少し早い紅葉シーズンの平日の朝ということで
もあろう、駐車場は空いていた。散り始めの白樺林の中を縫って第2ロープウェイの
しらかば平駅へ向かった。
新穂高ロープウェイは奥飛観光開発が1970年(昭和45年)7月開通させたも
のである。第1ロープウェイと第2ロープウェイを繋いで、難なく人々を穂高の稜線
へ導く。第2ロープウェイには日本初の二階建て構造のゴンドラを設備して、奥飛騨
温泉郷とセットで広く一般の観光客を引き寄せる企画は大当たりした。
が、一方で純な自然保護の考え方とは対立し、物議をかもしたのでもあった。結局
上高地の自然をより保護しつつ、穂高への大衆の足の利便を創設するという解決策が、
穂高への岐阜県側からの新アクセス創設を認めることとして実現したのである。
残念ながら冬季に営業していた併設の新穂高ロープウェイスキー場は、その後の人
気がはかばかしくなく2003年に閉鎖したとのことであるが、思えば、今回の私の
夢の実現は、このロープウェイに肖ったことになるのである。
私たちは第2ロープウェイのしらかば平駅(1308m)に立った。昨日から蒲田
川の谷奥に鎮座する如く見えていた笠ケ岳(2898m)が真っ青な空の下に大きく
端正な姿を、振り向くと朝陽の陰で背を黒く見せているような焼岳が近く居座るよう
に大きく見えた。
第1ロープウェイ(全長 2598m)の新穂高温泉駅が1117m、終着の西穂高
口駅が2156mであるから標高差は1039m、それを両方合わせても悠々30分
(搭乗正味11分)で運ばれる文明のもたらす恩恵である。
私たちは第2ロープウェイ(全長1573m)のしらかば平駅でゴンドラの2階に
乗って発った。
すぐに笠ケ岳の周囲の山々が視界に入ってきた。笠ケ岳から北アルプス西鎌尾根の
双六岳(2860m)に至る峰々であった。2階建てのゴンドラがどんどん高度を上
げていくに従い槍ヶ岳のピークが見え、穂高縦走路の尾根が大切戸を間に北穂高、独
標と続けて見えてきた。
7分間の雄大なオープニングドラマが終わって、私たちはあっと言う間に高度2千m
の人となった。西穂高口駅の屋上は穂高連峰を眺める展望台になっていたので私た
ちは西穂山荘への登山を開始する前に展望を楽しんだ。そこはミシュランが発行する
ガイドブックで二つ星の評価を得たほどの場所だけに、快晴の空の下では正に見もの
であった。陽が上がったので焼岳も山肌がくっきりと肌理を現わし、独特の噴煙を青
空に棚引かせていた。その先に昨日登った乗鞍の峰が、今日は雲ひとつ無い青空に浮
かび上がっていた。
3階のレストランの隅に登山者の記録所があり、脇が登山道への出入り口になって
いた。その非常階段のような場所から外へ出ると、登山道はまだ霜が解けたばかりで
軟弱な状態だった。日が照っていたから寒さは感じなかったが、朝の冷え込みは最早
相当厳しかったのであろうと思われた。
暫く平らなぶなやシラビソの林の中を行くと荒れ果てた小屋があり、開け放された
ドアの向こうにカウンターが見えた。おそらく古くは、そこが登山道へ向かう人の記
録所であったのだろう。脇に在った西穂高登山道の標識はから先は山道に相応しく狭
く細い道に変わった。
ロープウェイが架かって誰もがここまで来れるようになり、さらに普通に歩ける者
なら当たり前に西穂山荘までの山登りが楽しめるようになったことは、思えば画期的
なことである。その昔であれば平湯からここまで登ってくるのにさへ半日は要したで
あろうと思う。私たちの周りにもロープウェイから降りた人たちが途切れることなく、
登山道へ足を踏み入れていた。登山姿のぐループが多かったが、中には「いや行け
るところまでだけもと思って!」と謙遜のような、洒落気の無い軽口を交わしながら
前へ進む老夫婦などもあって、登山道は和やかだった。
ロープウェイの終着駅は千石平と呼ばれ、ロープが架かっているのは千石尾根と言
うことである。平坦な道はすぐに終わり谷に近寄る下りのごつごつした岩の間を過ぎ
ると、山登りと言えるような登山道に変わった。千石尾根の切れ目になる小鍋谷を見
下ろしながら、厳しくなった登り、とは言っても良く整備された登山道を進んだ。
行程は1時間半と案内されていた。
好天に恵まれると言うことは有難い。私たちは少し歩いては、木の間からの景色を
楽しみつつ進んでいった。背の高いコメツガやダケカンバが岩の間から伸びて立ち、
その下はまだ枯れ落ちない葉をつけた雑木の藪が重なる岩の斜面を埋めていた。岩の
間を縫うようにして次第に高みに行くのが嬉しかった。
大きな木の間が開けて陽が差し込んでいると、窓から外を見るように景色を眺め
た。焼岳が手に取るように乗鞍が彼方に広がった丘のように見えた。
私は汗を掻いた。買ったばかりの登山靴は1週間町場を歩いて履き慣らしたが、山
での履き心地はとても良かった。これは久し振りの登山だった。
西穂山荘の直下で、坂が急に緩やかになったところで私ははなを待って、2人で一
緒に山荘の陽の当たる表側の広場に行った。Y氏夫妻もすぐに来て皆で素晴らしい穂
高の山々を眺めた。千石平から丁度1時間30分、11時前だった。
広場は沢山のグループの人たちで混雑していた。みなそれぞれのリュックを開け飲
食と展望を楽しんでいるのだった。私たちも自然石を囲んだテーブル風の場所を得て
腰を下ろした。
ホッとして周囲を眺めると、道々眺めてきた焼岳はここからはやや見下ろす格好で
下に見え、その向こうの乗鞍岳は裾の山から昨日行けなかった剣が峰のピークまでく
っきりと目に入った。さらに東側は上高地、梓川の谷を隔てて明神岳が緑の峰をそし
て前穂高岳が見えた。風も穏やかな紺碧の空に覆われた世界だった。
西穂山荘は北アルプス南部では、唯一の通年営業の山小屋である。上高地からのル
ートもあるがロープウェイを使って西穂独標までの登山や、焼岳小屋を経由して焼岳
への縦走などが一般化して登山の基地になっている。古い時代の建物は1990年(
平成2年)10月26日の火災により焼失、現在の本館は1992年(平成4年)に、
を再建されたものである。診療所もあり、通年営業でもあることはますます穂高をポ
ピュラーのものにとの役割をはたしていると言っていいだろう。
私も今回こそロープウェイと共にその有り難味を讃えた。
風次郎
西穂山荘から焼岳・遥かな我が八ヶ岳
メルマガ・風次郎の「東京ジョイライフ」「東京楽歩」No49へ
メルマガ・風次郎の「東京ジョイライフ」トップへ
風次郎の「東京ジョイライフ」ホームページのトップへ
風次郎の「八ヶ岳山麓通信」のトップへ
風次郎の「世界旅」へ