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風次郎のColumn『東京楽歩』
No223(T−044)
西穂山荘直下から前日登った乗鞍を眺める(111004)
2011年10月09日
東京楽歩 (44) 乗鞍と西穂高行(11.10.02~4) その1
Y氏とは8月の御嶽行き以来信州の山行きでご一緒させてもらえる楽しいおつきあいに
なった。この有難い友人が10月のスケジュールを提供してくれたのは、ドライブとケー
ブルカーを使った山行き計画で、乗鞍スカイライン→山頂と、新穂高ロープウェイ→西穂
山荘であった。南天寮に一泊し、新穂高平湯にもう一泊することでとの計画表をもらい、
今回も両家夫婦同伴で温泉宿も楽しむ嗜好であったので、とても楽しみにしていた。
10月最初の日曜日の2日、Y氏は午前中、国分寺市のテニス大会を優勝で飾って、気
分上々で夫妻揃って我が家にやってきた。天気予報もまずまず、3000m級の高地にな
るので大方の防寒対策も用意し、例によって運転技量は抜群のY氏の車に乗せてもらった。
日曜日の午後の中央道は、殊に下り線ということもあって極めて空いていた。所々では
前後に車の影も見えないほどで、これがいつも抜きつ抜かれつで先を急ぐ同じ道路かと拍
子抜けの感さえするくらいだった。
釈迦堂PAで一服したが、まだ早いから寄り道をしようということになり、私は良い機
会だからと、11月に小学校の同級会を予定している北杜市のグリーンヒル八ヶ岳(新宿
区民健康村)へ廻ってもらうことにした。施設の確認もだが、彼の地は元長坂の町であり、
「清春芸術村」が有名である。周辺には八ヶ岳や南アルプスを眺めながら寛げるレスト
ランなどがいくつもあり、秋の里に時を過ごすのも良いと思った。
甲府バイパスから双葉サービスエリアを過ぎると、やや雲を纏った南アルプス北域の山
が大きく視界に入る。
午後2時の半ば過ぎであった。山肌の影もそう濃くは無く、甲斐駒も秋の澄んだ空気に
荒々しい山頂近辺を険しく見せつけるのみで穏やかだった。
長坂のインターを出て、近くの店に「グリーンヒル八ヶ岳」の場所を尋ねたが埒が明か
ないのでJRの長坂駅まで行って案内所に教えてもらった。
駅から一つ谷を越えて行くと広い丘が続き、照明塔の並ぶアプローチの向こうにモダン
な建物が見えてきた。「グリーンヒル八ヶ岳」は和洋33室、150人を超える宿泊が可
能な新宿区自慢の区民健康施設なのである。
私はフロントで11月の同級会の予約を確認すれば事は済んだ。高い天井の下に広いロ
ビーが大きなガラス窓の陽光を浴びていた。そのスペースの半分がレストランになってい
たのでコーヒータイムを過ごそうと尋ねたが、3時には閉店して夕食の準備に入るとの事
なので諦めて外に出た。
付近は里山と田園が広がる丘の続きがうねった地帯であった。隣り合わせに「清春芸術
村」があったことは幸いした。雑木林の向こうにユニークな円形の建物「ラ・リューシュ
」が見えていた。
施設の中心「清春白樺美術館」は、武者小路実篤や志賀直哉を始めとする白樺派同人に
よる美術館構想を、親交のあった銀座吉井画廊社長(当時)の吉井長三が私財を投じて実
現したものである。歴代館長は、西洋美術史家の三輪福松などがおり、2000年より画
家岸田夏子(岸田劉生の孫)がつとめている。
吉井は建築家の谷口吉郎に「清春芸術村」の基本設計を依頼して進めていた。谷口は途
上で亡くなったが、息子谷口吉生が引き継ぎ、清春白樺美術館やルオー記念館の設計を担
当したのであった。
吉井は、旧北巨摩郡長坂町の清春小学校跡地を買い取り、ここを「清春芸術村」として、
1980年(昭和50年)に「清春アートコロニー」(清春荘)、翌年の1981年(昭和56年)に
アトリエ「ラ・リューシュ」(フランスのパリ、モンパルナスのアトリエ、ラ・リューシュ(蜂の巣)
を模した建物で有料の貸しアトリエとして利用することができる施設)を建設、その後も美術
館関連施設を順次建設及び移築したのであった。
2003年(平成15年)には白樺図書館を開館。他にも宗教画家ジョルジュ・ルオー
が制作したステンドグラス「ブーケ(花束)」が窓を飾る「ルオー礼拝堂」(祭壇背後の
十字架上のキリスト像は、ルオー自身が彩色し毎日祈りを捧げていた実物で次女イザベル
・ルオーにより清春芸術村へ寄贈されたもの)、東京都新宿区市谷より移築した、吉田五
十八設計による梅原龍三郎のアトリエ(傍らには鎌倉の小林秀雄旧宅より桜の木が移植さ
れている)、また吉井長三の友人であり、清春芸術村建設にも協力した岩波書店元会長で
文人画家としても知られた小林勇の旧居「冬青庵」を移築した和食処(冬青は小林の雅号)
などである。
他に藤森照信が設計し、漆喰塗り作業を縄文建築団メンバー赤瀬川原平、南伸坊、林丈
二らが手伝って建設した茶室『徹』(命名は作家の阿川弘之)、美術館に隣接したレスト
ラン 『ラ・パレット』、エッフェル塔の螺旋階段の一部などもある。
「清春芸術村」からすこし奥に入った林のはずれに、テラスから黄色く広がった田園の
先に八ヶ岳の眺められる喫茶店「樅」を見つけたので、私たちはそこで寛ぐことにした。
葡萄の棚を日除けにしたデッキがちょっとお洒落な、アンティークな調度品の小さな店
であった。何種類かのコーヒーのメニューから4人が注文をしつつ打ち解けて話すと、ま
だ若い青年である店の主は、一人で山村の生活を楽しみながらやっているとの事であった。
恐らく絵でも嗜むのであろうか、妹が彫刻をやっているので、と店舗の脇の倉庫を開け
て作品を見せてくれた。妹の作品だと言う裸婦の像が20体ほど並べてあり、それぞれに
○○展出品と紙札が付けられていた。中には入選の紙札もあったから、作品の原型達であ
ろうと思った。
主は気前良くさらにコーヒーを沸かしてクロワッサンを沿えて持参し、ゆっくりしてい
ってくれと、話し相手になってくれた。私たちが「デッキの葡萄も食べごろかな?」と声
を弾ませると、「そうだ!」と言って採って分けてくれた。もぎたての葡萄はまだ陽の暖
かさが実に残り、独特の濃い香りがするそのものの美味しさであった。勿論すべての好意
は気分の良い暖かな彼の心を映すものに思えた。
私たちは思いのほかの楽しい時間を過ごせた事に礼を施して、再訪を約しつつ爽やかな
気分で店を後にした。
南天寮には6時過ぎに着いた。
半日のドライブも恵まれて楽しかったと語りつつ夕食を囲み団欒を過ごした。いよいよ
明日は、私にとっては30数年振りの乗鞍、と思うと好天を祈り期待に胸が弾むのであっ
た。
風次郎
清春芸術村の「ラ・リューシュ」
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