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風次郎のColumn『東京ジョイライフ』  
   No7(T−003)

中野市役所脇の静かな道

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                                                     2007年6月10日
中野北口雑感       
                                                    風次郎
                                                  fuujiro@jcom.home.ne.jp
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                中野の駅に降りて北口を出ると、狭い駅前広場にバス停がいくつかある。出入りす
               るバスを横目に横断歩道を突き抜けるようにして渡ると、サンモールというトンネル
               のようなアーケードの商店街が続く。アーケード街は昔からあった懐かしい通りだ。
               商店街は昔とすっかり変わった。
                このところ中野の法務局に出向く仕事で何回か駅に降りる度に思い出す。
                若い頃といえば遠い昔の話になってしまうが、ほとんど飲み屋の並ぶ通りで、トリ
               スバーやサントリーバーといった類が軒を連ねていたのであった。
                まだ独り者でどんな生き方をしようかなどと考える余裕すらない20才を過ぎたば
               かりの文字通り若造だった私は、あちこち転がるように飲み歩いて、この通りにも一
               軒の飲み屋を見つけたことがある。通りの中ほどに「すみれ」だか「ゆり」だったか
               花の名前の店があって、しばらく通ったのだった。
                ぶらりと入ったら、おばさんと若い女の娘が世話を焼いてくれた。
                私が居住まっていたのが駒場であり、通勤の先が日本橋だったから、渋谷か新宿あ
               たりをうろつくのが相場だったのに、中野に流れたのは、新宿の盛り場を少しずれれ
               ば多少安くて、ホッとできる店があるかもしれないとの計算もあったのだ。が、結果
               それは無かった。もともと表の看板にメニュウと金額が書いてある店を訪ねるレベル
               のガキだったから、高いも安いも知れている。
                ハイボールとかオンザロックなどと安酒の出任せを言っては粋がっていた。カスト
               リなどというものが流行った頃でもある。
                ハイボールを飲みながら、タバコは吸うのかと聞かれ、「吸わない」と答えると、お
               ばさんがカウンターの下からライターのスタンドを出して「これ壊れてるのよ、なおら
               ないかな」という。客にタバコの火をつけるためのものらしい。
                ひっくり返して底の配線を見るとネジから線が外れている。
                「ドライバーで線つけたらなおるよ」と言うと、
                「じゃ、なおして!」と何処からかドライバーを出してきた。
               面倒くさいとも思わず、ネジを反対に廻し、千切れそうな銅線を多少剥いでまたド
               ライバーで締め付ける。それで終わりだ。
                「あら、なおっちゃった。アンタすごいわね!」
               別にすごくもなんとも無い。―――
                あとから入ってきた他の客には「この人電気技師」と紹介される始末。
                そのときの勘定を割引してくれたわけでもないのに何となく足が向いて、それから
               慢性胃腸カタルでノイローゼになって禁酒されるまでしばらく通った。
                その頃の通りのことは夜しか覚えていない、場末の感じの通りだったとの思い出が
               ある。
                アルコールはその後も飲んだが、あの頃以来徘徊は止め、健康に留意しなければ生
               きていけないと警告されながらの生活をよくもまあ今日まで続けてはいる。

                思い出を尻目に、法務局へ行くには駅の脇のガードを潜っている中野通りを横断歩
               道で渡る。市民のための自転車置き場の建物が線路沿いにあってその先が、高い建物
               に、斜面にした壁を見せる中野サンプラザ。大きくて中央線の電車の中からも良く見
               える。
                サンプラザは人を集める企画が優れイベントの運営が順調だとの評が高い。そんな
               ことを聞くと、建物の前に設けられたデザイン時計を組み込んだモニュメントも優雅
               で、何となく余裕を感ずる。新宿より手前で来やすいし、庶民的なサンモールのショ
               ッピング街もあり、家族でここに催し物に来る事は時々あるが、すぐ近くの市役所エ
               リアに静かで散策にも好もしい区域があることを発見した。サンプラザと市役所に挟
               まれた通りは、車がやっとすれ違い出来るほどの狭い通りだが、舗道が配され欅並木
               に覆われた静かなたたずまいなのである。
                市役所の正面からこの舗道に出て、タイル張りの木洩れ日の上を早稲田通りに向か
               って歩いていく。人二〜三人が並んで歩けるほどの直線路である。
                私はそこが気に入って、法務局へ行くのには駅前の雑踏でバスに乗るのを避けて、
               ここを通り早稲田通りのバス停を利用することにしている。
                3月以来、ここは背の低い植え込みに緑が漂い始める頃から、初夏の木々の芽吹き、
               そして今、深い欅のトンネルとなったその緑の高木の窓から落ちてくる梅雨の合間
               の、陽に光る木立や花の中を歩いていくのはなんとも好もしい。
                季節に沿って変化する様相も確かめられるのである。
                ここを通り抜けて早稲田通りからもう一筋先のやや広い「欅通り」と名付けられた
               バス通りを、市役所を一回りするように戻ってくる散歩を家内と愉しんだこともある。
                欅通りの中野体育館にはいつも利用する人達の自転車がぎっしりで、少し覗くと元
               気のいいママさんバレーの掛け声などが飛び交っていた。
               散策はさらに警察関係の施設との間にある緑地公園へ繋いで続けることもできる。
                緑地公園は体育館のとなりに「かこい公園」という1万坪に及ぶゆったりしたもの
               があったのだが、最近閉鎖された。国有財産として売却するとの公告看板が立ってい
               る。国もそんなに困っているのだろうか、と考えてしまう。奥に別の公園があるとは
               いえ、せっかくの駅近で市民の利用には格好な公園なのだから。
                このあたり一帯は広大な警察関係の施設を含めて昔、犬公方といわれた徳川綱吉公
               の所領だったところだそうである。
                「囲い」というのはご存知犬公方様が犬を囲った場所であるらしい。今や殿様の土
               地を国が少しずつ払い下げ続けるのか――。私の好もしいと思う雰囲気に逆らうがご
               とく、ニョキッと黒い異様なNTTのビルが建っているが、そういった類が建たないで
               欲しいものだ。いずれにしても、駅近で繁華街や交通の激しい通りから少し外れて、
               静かに歩けるところ、しかも整然として緑豊かな場所は都内には少ないように思う。

                中野には、少し心和むところがまだあった。

                                                                                         (風次郎)

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