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風次郎のColumn『東京楽歩』
No145(T−027)
「ナナ」近影
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2010年3月7日
愛犬「ナナ」のこと
風次郎
fuujiro@jcom.home.ne.jp
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私の家で飼っている愛犬「ナナ」が病魔におかされて、余命が少ないと診断された。
昨年の夏から呼吸がゼイゼイとしていて、それは暑さのせいと思っていたが、なかな
か止まない。秋になって少し穏やかになったが、暮れから新年にかけても不調で、
「夏の暑さで弱って、今度は風邪かもしくは肺炎かなにか?」と、心配していたが、
数週間前に時々苦しんだり、吐いたりするようになってしまった。
獣医に診断を求めると、肺がんが広がっていて、もはや手がつけられないほどだとの
ことである。
家族で大きな衝撃を受け、今はただ一日でも安らかに過せるよう、手厚く見守ってや
ろうと心がけている。
「ナナ」は、八ヶ岳の麓、清里の牧場で生まれた。柴犬とシェットランドの両親を持つメ
ス犬である。
色々と経緯はあるが、近所にある「Jマート」の店に張り紙があり、里親を募集していた
のでもらい受けてきたのであった。
おとなしくて、素直な犬で、単独で出掛けられないどころか、普段良く遊ぶ仲間の犬以
外他の犬が居る広場へは入ろうともしない頑なな犬である。
肺の患いということであるから、今は居間に入れているが、時々呼吸が苦しくなる病
状が伺われる。
人間の肺がんの話を聞くと、最後の頃の痛みは激しいらしいから、多分同じではなか
ろうかと心配している。ただ、食欲はあって、前と変わらないようだ。家の中にいると、
こちらの優しさに乗じて、要求が多くなるから、食べ過ぎないように気を配ってやらねば
ならない。
ドッグイヤーは人間の4倍の早さであると聞く。
ということはまだ人間の50歳くらいに相当する位であろうから、寿命としては短かすぎ
る。まだ4〜5年は生きても良い筈だと思うと情けなくなる。
しかし、宣告を受け、手当てが出来ないとなれば、覚悟のほかいたし方ない。
生き物は、同じ屋根の下、というか家庭の範囲に生息すれば、共通の絆みたいなもの
が生ずるものなのだろう。いや、生き物に限らず、我が身辺で共に眼に触れた物であっ
ても、その消滅には愛しさの伴う感情が沸くものと思う。まして、食事に関わり、往来する
人々にも共に接し、家族の一員に近い存在であった生き物には、単なる「愛がん」を超え
た愛情を抱くものである。
昨今の自分の体調にも照らすと、同じ生き物の生涯と言うことで、いざと言う時の覚悟
とはこういうことかと身につまされる。
相手が只々身を摺り寄せ、尾を振って、一途にこちらの気を引くことで生きると言えばそ
れまでだが、当事者として感情は捨て置けない。
人と言葉の交わせない相手に、人はときにより多くの愛しさをもって接することもあるの
である。
「つい、我が身の終末を見る思いで接しようか――」などと家人にもらしてしまった。
私は、この家で犬を飼うのは2匹目だが、信州で育った少年の頃にも2回飼ったことが
ある。
当時、犬はほとんどの家が放し飼いであった。法も厳しくなかったように思う。
食糧事情も厳しいときだったから、犬も餌をくれる人をよく覚えていたのか(今でもそれ
は変わらないことではあるが)、時間には必ず家に戻り、逃げていく心配などしたことが
無かったように思う。寝倉も縁の下や、庭木の下に穴を掘って砂まみれで暮らし、家の中
で飼うなどという家は無かった。
犬の活動範囲は周囲2キロ圏の内と言われるが、私の家で初めて飼った犬は、父に連
れられて出掛けた3キロは離れていた本家(谷を越えた向こうの部落にある)をも覚えて
いて、単独で往復していたようである。
結局、その犬は、本家の近くの土手で犬同士の喧嘩に負けて、腹を破られ死亡すると
いう哀れな終末を迎えたのであった。
私はその土手に行って、無残な死骸を抱きかかえて持ち帰り、家の畑の隅に穴を掘っ
て埋めた。
次の犬は、中学校の級友の家で生まれた柴犬をもらったのであった。
この犬はあまり大きくならないコロコロした感じの犬だったが、やはり最後は哀れだった。
豪雪の冬に行方不明になり、雪解けになって隣の家の畑に死骸が発見された。雪の中
で遊んでいて帰れなくなったのかもしれない。
この死もとても哀れであった。
私はその2匹の死んでしまったときの事を良く覚えている。だから、その後、犬を飼うこ
とを躊躇っていたのであった。
我が家では、「ナナ」の前に「ダイ(大)」という同じ柴犬系雑種のオスを飼った。
所帯を持って、また仕事で転勤も無い年になり、自分の家族が揃って東京に棲むように
なった頃、狭いながらやっと自分の敷地で犬を飼えるようになったと思えた頃だった。
タウン紙で写真入の飼い主募集の記事を見て、躊躇していた心を緩め、昭島の方から
貰い受けた犬が前の「ダイ」であった。
3年ほど順調に育ったが、元気の良すぎるその犬は、数回にわたって庭のフェンスを
あの手この手で乗り越えて外出し、ついには帰ってこなかった。
広告を出したり、都内の保健所に2ヶ月も照会し続けた(先方からの連絡はもらえない
ことになっているとのこと)。だが、捕獲もされず、結局諦めたのであった。
私は犬にはもともとついていない経歴の持ち主なのであるから、「ダイ」が見つからな
かったのは「またか!」と、何とも残念で消沈した。
そんな思いの中で数ヶ月過ぎた頃、近所に敷地内に忍び込む痴漢の騒ぎが頻発し、
私の家でも風呂場が覗かれるという事件が起きたのである。
娘と家内が、「また犬を飼おう!」と言い出し、里親を願い出たのが今の「ナナ」の家に
来た由来である。もちろん今度は防犯も兼ねてのことであった。
秋田犬ではないが「ハチ」のような忠実な犬になって欲しいとの願望で「ハチ」よりはす
こしあと目で良いからと「ナナ」と命名した。
忠実で穏やか、家族の言うことが良く解る素直な良い犬である。
些か早すぎるその生涯の終焉を本人(犬)は知らぬまま過しているに違いないのだが、
私たち家族にとって突然やってきた死の予告に落胆は隠せない。
思えばこのところ、近所の仲間であった犬が続けて逝ったようにも思う。
最も仲良しであった3軒先の「チャコ(チャイコフスキー)」が1年半前に、やはりがんで
逝って以来、散歩の時間が揃っていた白い大型犬の「ジュン」が17歳の大往生を遂げた
のが昨春、婦人に連れられて来ては「ナナ」と遊んでいた黒いグッピーの「アテナ」が不明
の病であっという間に死んだのはつい昨暮だった。
これらの犬友達とは特別の仲で、散歩で彼らの家の前を通ると、「ナナ」はリードを引き込
んでジャレ合わなければ気が済まないほどであった。
「ナナ」は何処でもどの犬とでも戯れ遊ぶということはなく気難しがり屋である。だから、犬
にも連れ死の霊があって友達を追ってのことかも知れない。
ここ数日、暖かい日には静かに陽を浴びて玄関前に寝そべる「ナナ」の様子を見る。
あまりに平穏で、これが本当に死を迎える姿なのだろうか、と疑いたくなる風情だ。
今日は町田に住む娘とその家族が見舞いに来るという。
私にとって、今まで関わってきた犬との別れは、哀れなばかりであった。今回も無念至極
である。
が、それだけに、今回は情で繋がれたまま看取ってやりたいと思う日々である。
生き物にとっては必ずある最後に臨む時を、せめて少しでも安楽にと願いつつ。
風次郎
玄関先の紅梅
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