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風次郎のColumn『東京楽歩』
No132(T−022)
一ツ橋大学東校舎の「メタセコイヤ」と「銀杏」
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2009年12月6日
銀杏とメタセコイヤ
風次郎
fuujiro@jcom.home.ne.jp
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晩秋は瞬く間に過ぎていく。師走に入ったら、たった1週間で学園通りの銀杏まで葉が落ちてしまった。
晴天と雨天が交互に入れ替わって、降る雨は度が重なるごとに冷たさを増す。
窓から静かに降るその雨の滴る様子を見ていると冬の訪れを知らされる。
ラジオやテレビが、「今日の気温は12月下旬並み」と伝えたのは3日だった。
私はちょうど八王子郊外のゴルフ場で、仲間内の年末コンペに参加したが、朝からの暗い空模様がスタートを躊躇させ
た。それでも、前半は傘もささずに終了できたが、後半になると、雨も本降りになった。ゴルフ場は、雨が降るとグリーンの
ホールも水の良く流れる小高い場所に切るとか。当方の腕も確かでないから致し方なく極めて難しいパットであって、納め
のゴルフに相応しい?大量得点の結果に終わったのではあるが――。
去っていく秋のゴルフ場の芝も、緑を失いつつある。風が少なかったので、コースから見る木々は色づいた葉を雨に濡ら
して、せめてものお楽しみをと風情を沿えているようであった。
もみじの紅葉もまだ残っていたが、目だったのは、散るのが遅く、うろこ状の紅葉を残した、三角に背の高いメタセコイヤ
(日本名は曙杉または、イチイ檜)であった。
山も街も冬への季節交代がはっきりしてきた。
国立の晩秋は銀杏の黄色が街を覆って絶頂期を迎え、木枯らしによってあっという間に散って終える、というのが私の想
定する秋の終わりである。そして、そろそろそのときが来たな、と思う。
先週まで見てきた私の注目する桜などはすっかり葉をなくし、近くの公園にある欅やコナラの大木は、一斉に根元を落ち
葉で埋め尽くしている。
構内をへ入って行くと、構内のそれらの木も、たったこの一日で細枝をあらわにしてしまった。
無風に近い雨の中で、銀杏が黄色い葉をしきりに散らして、あたりを時と共に敷き詰めていくのを見ると、「これで秋は行
ってしまうのだろう。」と思う。
一ツ橋大学の構内では、銀杏のシンボリックな姿は東校舎、本校舎両キャンパスの中央ロータリーから、メインの建物の
前に立つ、形正しい銀杏の木であろうと思う。
そう言えば、銀杏の葉が、東京大学や、大阪大学の校章にも採用されている。大学のシンボルとしての言われでもあるの
だろうか?
10代の後半、東大に通ったわけではないが、駒場に2年ほど住んでいた頃、それを知った。構内のやや奥まった所にあ
る陸上競技場から北門に続く銀杏並木の黄葉は壮観だった。その頃、トラックを一緒に走った東大の生徒たちに校章が銀
杏の葉であることを知らされた。
一ツ橋大学の構内にも、銀杏の木は多い。学園の町と言われるこの街のメインストリートに銀杏並木が存在することは、
”学びの道”と銀杏の木が、どこかで関連付けられているような気がしないでもない。それはわからない。
が、ともかく、その見栄えが、太い幹をしっかり大地に這わせ、三角相似形の堂々としたスタイルで、背高く真っ直ぐ立つ
均整の取れた姿は「正規」を思わせる。
学びの理想を連想させることも出来る。
そんな理屈を頭の中で巡らせながら、東校舎の銀杏を眺めていくと、何とロータリーサークル内に、先般ゴルフ場で関心
を高めた「メタセコイヤ」が立っているではないか。全体の形はまるで銀杏と同じように、そそり立つ三角形で、こちらの木
の葉は、アララギと同じ補足垂れ気味な形なのである。
離れて見ると、葉が染まった背の高い2本が、紅をぼかした雰囲気に立っている。
道路を挟んで黄の銀杏と見事な色のコントラストであった。
気がつくということは、関心の度外にあればなかなか先方からやって来るものではないらしい。ここに「メタセコイヤ」があ
ることを知らなかった。
ついに今日は黄と赤のコントラストで移り行く秋を楽しむことを味わうことになった。
(00.12.05)風次郎
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