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風次郎のColumn『東京ジョイライフ』  
   No4(T−002)

高速道路下の「日本橋」
日本橋の全容を撮るにはこんなアングルしかない

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                                                     2007年5月20日
日本橋       
                                                    風次郎
                                                  fuujiro@jcom.home.ne.jp
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 金曜日には東洋経済新報社の主宰する「経済倶楽部」の勉強会があって日本橋へ出
かける。「経済倶楽部」は、元、時の経済界の現役が集まる伝統ある会議だったよう
で、毎週著名な講師が時に応じた話を聞かせてくれるので時流を見失わないためには
と思ってせっせと通っている。
 しかし、講演会の勉強もいいが、そのあと毎週お江戸日本橋を歩くことを楽しみにして
のことというのも正直なところだ。
 私は昭和35年からこの近くにある元勤務していた会社に通ったが、その頃からは
全く日本橋地域も変わってしまった。日本橋自体も醜くなってしまったし、当時の印
象を残す建物は日銀の旧本館、三越、三井本館、日本橋を渡った野村證券それにいく
つかの老舗の店構えぐらいのものである。まだ風情を感じ取れるだけ幸いと言うべき
か。
 日本橋の上に天井のように覆いかぶさった高速道路(とは言え、この上あたりは全
く高速では走れず、私も世界最大の縦列駐車場と悪たれを言いながら、車に乗っかっ
ていらいらした記憶が多い)を取り払ってお江戸『日本橋』らしい風景を取り戻そう
との運動と同時に、この地域の代々の店主等馴染みの深い人達が集まっていわゆる町
興しを続けているらしい。
 その会には、日本橋コミュニティーセンター、名橋『日本橋』保存会という仰々し
い名前がついているようだ。

 経済倶楽部の帰りに立ち寄る喫茶店からいただく「日本橋」というその会が発行す
る冊子を愛読している。
 毎月地域の名舗が登場し伝統の紹介や古図をまじえた案内図と、どう歩いたら楽し
めるかといった特集記事、またイベントの案内もあって大変重宝だ。
 私はこの冊子を捲りながら何処で昼食を取ろうかと思案する。中央線を神田の駅で
下り、今川橋から日本橋にかけて歩く。本町の小路に入ればまだ昔ながらの門構えで
上品な食を提供してくれる店はいくつもあるのだ。

 表通りはコレド日本橋や、三井タワーが近代的に完成してから大きく変わってきた
ように思う。今三越の向かい側でプラネタリュームのある場所にも大きなビルが建つ
とのことだから、さらに雰囲気は変わってくるだろう。
 経済倶楽部の仲間Kと共にする帰路は高島屋の絵画展の催しを観たり、他のイベン
トを覗いたり、でなければ昔から行きつけの八重洲地下の「アロマ」で四方山情報交
換をしながら喫茶店のハシゴをして中央線に乗る。東京駅周辺も表、裏とも随分大き
なビルに建て変わり、どんどん変わっていく。政府は東京駅周辺を外国企業の進出地
区に想定してさらに開発を進めるとのことだが、私は感情的に日本の中心地区であれ
ばこそ、日本の将来を担う志を掲げた企業の進出地区でありたいと願う。
「日本橋」は日本の道路の元標の建つ基点でもあれば、これこそ美しく眺められるよ
うにしてほしい気がする。

 小冊子「日本橋」に毎号随筆を寄せておられる岩満重孝さんの「今一度会い度候」
の今号は尾崎喜八であった。尾崎喜八は、わが故郷富士見高原に疎開していた山の詩
人で当時少年であった私たちも彼の作詞した校歌を謳い、教室で自然に親しむ話を聴
いたことを懐かしく思い出す。私の作風(と言うのはおこがましいが)も彼に少しは
影響されているのかもしれない。彼は京橋区の生まれだったということを識った。

冊子「日本橋」のホームページ
http://www.nihombashi.co.jp/


                                                         (風次郎)

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