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風次郎のColumn『東京楽歩』 (No608T−148)
台風被害の日野橋
東京楽歩(No148)台風で日野橋不通
季節としては遅い台風19号が12日の夜から13日にかけて関東以北を大暴れし
て去った。昨今の台風は、風も竜巻状で襲ってくるものがあり、今回も風にやられた
地域はこれだったようだ。
前回大被害をもたらした15号台風は風の被害が大きかったが、今回の大被害は水
災で二日間にわたる雨が河川の氾濫を招き、山地では崖崩れをもたらした。多くの人
命も奪われ、いまだに悲しみの報は増え続けている。何とも痛ましい限りだ。
私の住む地域は新聞に載るほどの被害はなかったが、近くに多摩川があり、甲州街
道は立川の日野橋が不通になっている。橋脚が水量の増加と激化で歪み屈曲している
のだ。このニュースは他の甚大な被害ニュースに紛れてか、地元にいながらすぐには
気付かず、私はバス会社に勤める次男から聞いて知った。
周囲の状況が落ち着いた17日、私は自転車を漕いで実地検分をしてみた。
甲州街道を国立から立川に向かっていくと、日野橋交差点で立川市街地から来る立
川通りと交差する。ここで甲州街道(旧国道20号線)はまっすぐ新奥玉街道を進み
立日橋を渡って日野市街地まで迂回するよう案内されていた。
交差点から左折方向の旧20号線(甲州街道)は日野橋の袂までは通れるのだが橋
は人道も含めて完全に通行止めになっていた。
私は「いくら水嵩が増したからと言って橋桁はそれに備えた設計を施しているに違
いないのだから、その1本とか2本とかが沈んだなどとの事故は設計上のミスではな
いのだろうか?」との思いが浮かんでいたのだった。――かとすると人災か?――と。
自転車を降りて堤防の土手を歩き、あらためて大きな「日野橋」を眺めて見ると、
長い橋の立川寄りの橋桁が路床ともどもX字型に大きく凹んでしまっている。
「こりゃ凄いわ!」と眺めつつ、あたりを見渡すと、川の流れは既にほぼ平常時の
水路に戻っているのだが、増水で流れに倒された草が濁流の残骸のように泥にまみれ
て靡いたまま延々と続いている。河川敷の緑地には根こそぎ5〜6mの柳の大木が倒
れたままになっているのだった。
よく見ると増水した水面の高さは、なるほど堤防が切れたなら外側はかなり低い地
帯であるから、水沼の状態、居住地に流れが及ぶことになると予想できるレベルまで
汚れているのだった。
この分だと橋桁はへこんだ部分だけでなく、全面的に点検を要するだろうし、補修
や再構築が検討されるであろう。現場に立って見ると増水の猛威の凄さが実感として
伝わってくる。
――やはり天の猛威は侮れない!むしろこの橋の歴史的貢献の時間を照らして対処
する時が来ていたのだろう――と、思い返さざるを得なかった。
日野橋は、国道8号線(東京―甲府線)が多摩川を渡る橋として、1926年(大正
15年)8月画期的に開通した。建設当時の長さは約367m、幅7、3mであった。
これによって、江戸時代初期から270年あまり通行を担った「日野の渡し」がそ
の歴史に幕を閉じたのである。
そして1964年(昭和39年)、交通量の増加と東京オリンピック自転車競技が
甲州街道を通過することとなったを機に、国道20号として大規模な改修工事が行わ
れた。その後日野バイパス開通により国道20号線は移管され、現在は都道256号
線である。
長い間の使用に耐え、老朽化が進んだのであろう。むしろ橋をねぎらわねばとの思
いに駆られてしまう、悲しい惨状であった。
都は修復をするとのことである。復旧にはどれくらいの時がかかるであろうか、橋が
立ち直って再び交通難所だった歴史の継承を続けていってほしい。
橋が治ったら、この長い橋を歩いて渡り、もう一度下から傷跡を眺めて見たい。
風次郎
台風被害の日野橋(下流側から) (上流側から)
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