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風次郎のColumn『東京楽歩』 (No582T−140)
新装なった漱石山房記念館
2019年3月
東京楽歩(No140)早稲田から神楽坂
早稲田道りから神楽坂にかけて私は年に数回歩くことを楽しむ。
新宿区には画家や文学者が過去に多く住み、早稲田には早稲田小劇場があったことか
ら、演劇に志す人々も多く住んだ地域でゆかりの地も多い。だが、何と言っても、昨今
のポイントは夏目漱石が長く住んでいた漱石山房が、昨年「夏目漱石山房記念館」とな
って生まれ変わり、漱石公園が奇麗に整備されたことだろう。
漱石の暮らしたままの部屋は大部がそのまま記念館の中に移され、合わせて書物や資
料も整えられて、記念館で閲覧できる。
新宿の花園神社あたりから、夏目坂を辿って歩き、漱石の所縁の地の雰囲気を味わい
つつここで一息入れるのは良い。ここの庭園と道草庵は、前のまま解放されて自由に出入
りできるのでとても親しみやすい。
早稲田の友人を訪ねたあとも、私はここへ寄り、しばし漱石を偲んでから早稲田通り
を神楽坂に向かって歩くのである。今回も晴天に誘われてついつい神楽坂まで歩いたの
であった。
早稲田通りが江戸川橋通りと合流する変則な三差路は、生田春月の旧居があったとこ
ろだという。そこから坂を上ると間もなく、新潮社の立つ地下鉄神楽坂の駅前を過ぎる
と、次第にいわゆる神楽坂らしい雰囲気になってくる。まだこの辺は右手が寺町で、横寺
町、箪笥町と大久保通りに近い尾崎紅葉の旧居跡あたりまで幾つもの寺が連なるように
建っているので、昔とそう変わらないようだ。
その辺りからいわゆる神楽坂道りであるが、左側に天台宗安養寺のある大久保通りと
の交差点(神楽坂上との標識きがある)の信号を渡ると、そこからの登り路で、やっと
神楽坂通りらしい賑わいになってくるのだ。
神楽坂付近は、大正時代に隆盛を誇った花街であった。飯田橋駅を背にした坂の右手
に残る花街特有の路地は、今や日本でもここにしかないといわれている。表通りから少
し入ると静かな路地があり、住宅街のなかといえレストランや料亭などが多く見られる。
かつて、江戸時代には蜀山人、明治期に尾崎紅葉・泉鏡花などが通ったのであろう。尾
崎紅葉、泉鏡花の旧居跡も近くにあり新宿区の史跡になっている。また、坂の周辺には
毘沙門天善国寺をはじめ、古の庶民に親しまれた若宮八幡や赤城神社などがある。
坂沿いの商店街は山の手銀座と言われた時期もあり、林芙美子や、矢田津世子の小説
にも登場する。また夏目漱石の通った田原屋などの老舗もあった。今でも瀬戸物屋・和
菓子屋、など、和を思わせる店がかなりあって、往時を忍ぶことが出来る。
私はこの辺りでコーヒーを飲んで一服し、飯田橋の駅へ向かうのである。
神楽坂通りは休日には歩行者天国になり地元の商店街は多くの人でにぎわい、今の生
活感のある風景がひろがる。また私などが年に1度程度訪れる旧態然としたままの料亭も
日本の風情として愛すべき情緒の名残であろう。
ただ、店を出るとチェーン店やコンビニエンスストアなどの進出が目立ち、昨今はさらに、
周辺の住宅街でも次々にマンションが建設されて、昔からの風情は失われつつあるようだ。
時の流れは、だれも止められない―――が、致し方ない。
風次郎
神楽坂上と言う交差点から登るのが神楽坂通り、そして登り切って下ると
漱石も通った元「田原屋」あたり
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