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風次郎のColumn『東京楽歩』  
  (No497T−120)
    
                                                      アジサイ                                                                                                                                  

                                                                                   2017年7月
          東京楽歩(No120)初夏に聴く「田園交響曲」

                       例駅前の古本屋を通り過ぎる時、ふと中古CDを1枚300円で売っているのを見かけた。
                       クラシックの名盤らしきものがたくさん並べられており、どこかの収集家が手放した
                      のであろうか――。
                       覗いたからには手ぶらで離れるのももったいないと、ベートーベンの「田園」を3枚
                      買ってしまった。手あたり次第買ってしまうと、ときに家にあったものとダブっている
                      ことがあるのだが、全部頭に入っているわけでもないのでやむを得ない。 
                       かなり古いもののようだ。コロンビアが出したベートーベン交響曲全集3で、第6番
                      「田園」と第2番が入っている。
                       「田園」は好きな曲だが、今回そのうちの1枚ヤーノシュ・フェレンチックの指揮でハ
                      ンガリー・フィルの演奏、がとても気に入ってラッキーだったと思う。

                       「田園」は古典派交響曲としては異例の5楽章で構成されている。描写的な標題がベ
                      ートーベン自身によって付けられ、ベートーヴェンが完成させた9つの交響曲の中では
                      合唱を導入した交響曲第9番と並んで独特の外形的特徴を持つのだといわれている。
                       ベートーヴェンが自作に標題を付した例は、他に「告別」ピアノソナタ(作品81a)
                      などがあるが、きわめて珍しいのである。とくにこの第6交響曲は、ベルリオーズやリ
                      ストの標題音楽の先駆をなすものと見られているのだ。

                        「田園」の各楽章について付された標題、
                       第1楽章.「田舎に到着したときの愉快な感情の目覚め」
                       第2楽章.「小川のほとりの情景」
                       第3楽章.「田舎の人々の楽しい集い」
                       第4楽章.「雷雨、嵐」
                       第5楽章.「牧歌 嵐の後の喜ばしい感謝の気持ち」は、
                       昔、楽聖ベートーベンを知った子供の頃でも解りやすく、また曲も親しみやすい楽想
                      であったと思う。
                      それぞれの情景はいつ聴いても、想い浮かべても静かに流れて楽しい。指揮者によっ
                      ても異なる楽想が伝わってくるので、私には殊に旅の友でもある。
                       標題は、初演時に使用されたヴァイオリンのパート譜にベートーヴェン自身の手によ
                      って「シンフォニア・パストレッラあるいは田舎での生活の思い出とされている。
                       絵画描写というよりも「感情の表出」として記されているのだと言う。また、楽譜以
                      外にも、1808年12月17日付『ウィーン新聞』に掲載された初演演奏会の予告には「田舎
                      の生活の思い出」という副題が見られるし、ベートーヴェンのスケッチブックにも同様
                      の記述があるということである。

                       長男がニューヨークに暮らしている頃、時々訪ねた私は、決まってマンハッタンを歩
                      いた。そのお決まりのコースで、5番街からセントラルパークを横切ってリンカーンセ
                      ンターにあるジュリアード音楽院へ行くと、生徒や関係者による発表会を兼ねてのコン
                      サートが催うされていることがよくあった。そこで見つけた隣接の教会Good Shepherd
                      Prestrian Churchで行われるという日曜午後のコンサートで「田園」を聴いたことが
                      ある。
                       教会の礼拝堂を使って、牧師さんが指揮棒を振り、まだ旅立つ前のJulliardの学生や
                      時間の許せる賛同者(帰国中の有名演奏者も交えている)が提供する演奏会であった。
                       その時は冬で、雪のニューヨーク、とても寒かったが、日曜午後の「田園交響曲」を
                      聴いたすがすがしいひと時であった。
                       礼拝堂の隅に積み上げた椅子が見えたままの広くないホールに、40人ほどの演奏者、
                      100人ほどの観客、そして恰幅の好い体に白い髭をたくわえ、眼鏡の下に優しく光る
                      目つきで指揮台に立つJens Nygaard氏、ピアノ奏者に特別の人を招いた(ウイーンから
                      来てくれた)から充分楽しんで欲しい旨の話、そして始まった「田園交響曲」。心の田
                      園風景は満たされていった。

                       ベートーヴェンは、「誰でも田園生活の考えさえあれば、多くの説明がなくとも、作
                      者の意とするところを自ら考えることができる」といって標題を詳しくすることを避け
                      たそうである。今日「田園」聴いてまた思い出す。

                       今、夏の田園交響曲を聴いている。
                       比較的軽快な交響曲第2番と組まれた1枚のCDは良い見っけものだった。

                                                                      風次郎

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