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風次郎のColumn『東京楽歩』  
  (No455T−113)
    
       菊坂を下る
                                                                                                                                     

                                                                                   2016年7月
          東京楽歩(No113) 文学スポット・本郷菊坂界隈

                        鬱陶しい梅雨時の午后ではあったが、ある会合でとりとめのない話題から東京の真ん中に
                       まだ庶民風情の漂う処があると聞いて、めげず足を運んでみた。
                        本郷3丁目から、東大の赤門、正門と続く本郷通りの西側には古くから大きな旅館が幾つ
                       かあって上京した学生や家族などには馴染の地域である。この辺りの宿は地方の中高校生た
                       ちの修学旅行にもよく利用されていたので、当時シーズンには学生服、セーラー服の若者の
                       姿を見るのも稀ではなく、懐かしい地域である。私も高校の頃、「鳳鳴館」という旅館に泊
                       ったことがある。そこは今も健在であった。
                        鳳鳴館の隣にある菊坂あたりが、風情の残された旧い文学者たちの住んだスポットで、樋
                       口一葉、石川啄木など多くの文人の足跡が残るとのことであらためて訪ねたのであった。

                        菊坂は本郷3丁目の交差点のすぐ先から北西に延びる細い緩やかな下りの坂道である。
                       左右の路地には、なるほど古い木造住宅が立ち並び、大通りの喧騒がまるで嘘のようなた
                       たずまいであった。かつて菊畑が広がり、菊の花を作る職人が集まっていたことから菊坂と
                       呼ばれたと言う。
                        私は、坂を下り始めて一番最初の交差点を右手に折れ、やや急な小路を上った方へ向かっ
                       た。そこは多くの文学者らが集まった「本郷菊富士ホテル」のあった処である。今はオルガ
                       ノ(水処理装置会社)の敷地になっているが、路地の奥に記念碑があり、往年の名士の名が
                       刻まれていた。宇野千代、坂口安吾、谷崎潤一郎、正宗白鳥、竹久夢二、三木清他豪華きわ
                       まりない。しかし、周辺は近代化建築の現場であった。
                        次に、私はその坂道を登りきって突き当りを左に折れ、高台になった処にあったとされる
                       「蓋平館別荘」跡へ向かった。彼の啄木もこの辺りに住み、盛岡中学の先輩だった金田一京
                       助の紹介で投宿したと言うことだが、太栄館と改められていたそのあとの旅館も取り壊され
                       て、何とここも大規模な建物を建設するための基礎工事が進められているのを目の当たりに
                       するだけであった。いたし方ない時の流れというものであろうか。
                        一旦坂を降り切って白山通りの手前を再び菊坂に向かった。
                        入るとすぐ左手に現存する国の登録文化財でもある万延元年(1860)創業の「旧伊勢
                       屋質店」の白壁の蔵が眼に映えた。さすがにここだけは保護された文化財らしい、むしろ目
                       立った歴史上の建物の感があった。樋口一葉も苦しい家計のやりくりに通ったと言われる。
                        左手に郵便局を見て、並行して二筋に別れている狭い道路の、私は右側の道路を選んで入
                       った。一葉の旧居所に井戸がそのまま残されているのを見たかったからだ。
                        小さな公園で子供を遊ばせていた初老の婦人が、「三つ目の電柱の右側の小路奥」にある
                       と親切に教えてくれた。
                        井戸は金属製の手押しポンプがそのままで、毎日使えそうなように残されていた。大谷石
                       を敷いた路地は歴史を偲ぶに十分、又行き止まりの路地の先には今はめったに見られなくな
                       った木造の三階建の住宅が並び、何とも懐かしい光景である。
                        暑さを忘れてしばらく佇みつつ、その文豪の生活感を偲ぶひと時であった。

                        “文の京”文京区は200人ほどの文学者とゆかりがあると、区は広報している。
                        菊坂の中ほどから春日道りに抜ける炭田坂には坂下に宮沢賢治、坂上には坪内逍遥の旧居
                       跡もある。菊坂を北に向かえば団子坂には森鴎外の住居「観潮楼」(現在記念館)もある。 
                        しかし、時代の波は最早この街にも寄せているのは否めない。風景の半分はマンションな
                       どの近代的な建物に変わりつつあり、至る所でさらに新しい建設のつち音が響いているのだ
                       った。
                        風情を惜しむには、はかなく揺らぐ昨今の風ではある。

                                                                         風次郎

  
指定文化財「旧伊勢屋質店」と一葉の旧居の井戸

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