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風次郎のColumn『東京楽歩』  
  (No395T−104)
  
                                         新宿歴史博物館(2015.3)                                                                                                    

                                                                                   2015年4月5日
          東京楽歩(No104)新宿巡り

                9 新宿歴史博物館

                                新宿巡りも5回目を数える。爽やかな早春の朝であった。
                                区の郷土資料・文化遺産の管理運営業務を行っている公益財団法人新宿未来創造財団(愛称「レガ
                               ス新宿」)は区立の新宿歴史博物館も運営している。地下鉄の四谷三丁目から近い津の守坂通りの先
                               にあった。
                                ここには平成26年(2014)に喜久井町出身の作家・夏目漱石の著作や関連書籍などを集めた
                               「漱石文庫」(開設時点での資料点数は約 200点との触れ込み)が開設されているので一度訪れてみ
                               たいと思っていた。だが、先に漱石公園で閲覧していたのでここは文庫と言うだけで、資料に新たに
                               興味の沸くものは見当たらなかった。
                                それはそれとして、博物館は地上3階、地下1階の堂々とした施設であった。
                                1階部分の入口付近には1913年(大正2年)の開通当時から平成3年(1991)まで使われ
                               ていた四谷見附橋の高欄が展示されていた。
                                展示室は地下1階にある。また、2階には講堂、3階には図書室があり、一般の者も利用出来るよ
                               うになっており、また図書室の資料の一部は新宿区立図書館のOPACで検索可能で利便性を提供してい
                               るとのことである。
 
                                新宿は、江戸時代に幕府が行った交通網の整備における5街道設置の一つ甲州街道の宿として発展
                               してきた処である。
                                日本橋を基点に、甲州街道は当初高井戸が最初の宿であった。が、元禄11年(1698)その間
                               の距離が遠く、旅人に不便であるとのことから、浅草阿部川町の名主喜兵衛等の願いで新たに開設さ
                               れたのである。新しい宿をつくり、そこを治めることを任された内藤家に肖って内藤新宿と称したの
                               がはじまりである。
                                内藤新宿の復元模型の他、江戸時代の商家、昭和初期の文化住宅の復元家屋等の展示が、古文書な
                               どと共に興味深く閲覧できようになっていた。

                                だがここ江戸山の手の地は太古の歴史を持っているようだ。考古時代からの遺跡は東京都内にも割
                               合広く分布しており、新宿区内にもその状況と発掘によって見出された石器、土器が集められ、太古
                               の時代を偲ぶ資料としてこの博物館に整理されている。妙正寺川遺跡から出た「石鏃」、「ナイフ石
                               器」、また落合集落遺跡等の分布状況が一目で解リ易かった。
                                常設転示は5つのコーナーに分けて、旧石器時代から昭和時代初期までにおける展示が行われてい
                               る。

                                たまたま3/8〜5/6の特別展「新宿に縄文人現る」(有料)が開催されていた。
                                区内で偶然発掘された縄文時代の人骨の全身骨格が今回初公開されている。生前の顔の復元像、発
                               掘された土器や石器も展示されていた。最新の科学分析により明らかとなった食生活や DNA分析から
                               見た系統なども紹介されている。
                                これは、平成24年11月、新宿区市谷加賀町の建設現場で突如、土中に多数の人骨が現れたのだ
                               という。
                                当時先ずに警察がやってきて現代の「事件?」でないことを確認し、次に新宿区教育委員会文化財
                               担当者や博物館学芸員らの専門家が来て、状況を把握するといった慎重な取り組みがなされた。
                                最終的には国立科学博物館の専門家らが調査に当たり、縄文人の骨であることが確認されたとのこ
                               とである。
                                また同時に出土した土器などの考古資料からも裏付けられるものであるとのことが確認された。
                               人骨の人類学的調査に当たった科学博士の坂上和弘氏によれば骨は全部で16体、縄文中期4、後
                               期10、不明2であったとされる。酸性土壌の武蔵野台地では通常、骨が長期間残存しない事から極
                               めて希少な出土事例であり、縄文時代の埋葬方法が伺える事からも考古学・人類学・民俗学 上の第一
                               級資料とのことである。

                                思いがけず、東京の歴史にも古さがあり、考古学のロマンにも関心を寄せる一時を過ごす事が出来
                               て良かった。

                                                    * * * * * * * *


                                思い立って、歩き始めた冬の終わる季節、数回にわたる新宿巡りであった。散策の傍ら、懐かしい
                               文人たちにも、近づきを得、親しく歴史にも回り逢えた機会であった。
                                新宿に限らず、東京はまだまだ紐解く価値ある事象が多い処であろうと思う。身近に親しむ地誌は
                               これからも折に触れ訪ね歩いて見ようと思う昨今である。
                               暖かい春がやって来た。今回は、ここでひとまずの区切りとすることにしよう。

                                                                         風次郎


新宿の縄文人

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