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風次郎のColumn『東京楽歩』
(No581H−039)
なのはな
東京楽歩(No581) 私的花語り(No39) なのはな 2019.夏
関東地方でも開花は4月中旬だと言われる「なのはな」が家の近くの国立駅前大学通り
で咲いている。晴れた青空の下に揺れる黄色の菜の花は冬が去った春の自然の象徴のごと
く、パッと明るく心を開いてくれるようだ。
春、一面に広がる菜の花畑は壮観で、代表的な春の風物詩であろう。房総半島に行けば、
この季節、壮観に菜の花畑を眺められることだろう。千葉県の県花でもある。また、もと
もと丈夫で川原や荒れた土地にも繁茂するため、河川敷や堤防、空き地にも播種され、菜
の花畑が作られるるようだ。広島市の市の花にも指定されているが、原爆の焼け野原にい
ち早く咲いたのがこの花であり、復興のシンボルとの思いからであるとのこと。
菜の花といえば即座に「菜の花畑」を思い浮かべ、同時に山村暮鳥の詩が浮かぶ。
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
かすかなるむぎぶえ
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
ひばりのおしゃべり
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
やめるはひるのつき
いちめんのなのはな
只々、菜の花の咲く一面黄色い広がりの中に寝転んで、春の空を眺めているような清々
しい気分を思うだけなのである。これは「風景」という詩だが、“純銀もざいく”という
副題がついている。私にはその副題は意味がちょっと解らない。
好きな歌もある。
菜の花ばたけに、入日薄れ、見わたす山の端は、霞ふかし。
春風そよふく、空を見れば、夕月かかりて、にほひ淡し。
里わの火影(ほかげ)も、森の色も、田中の小路をたどる人も、
蛙(かはづ)のなくねも、かねの音も、さながら霞める 朧月夜。
岡野貞一の作曲、高野辰之の作詞による日本の唱歌で、1914(大正3)年『尋常小学
唱歌』に掲載された、「朧月夜(おぼろづきよ)」という歌である。花というより季節
感で、春の夕方に月がほのかに霞んでいる情景を思い浮かべる、懐かしさの滲む歌であ
る。長野県野沢温泉村には、おぼろ月夜の館(斑山ーはんざんー文庫)があるが、高野
は「斑山」を号として用い、晩年は野沢温泉で過ごしたという。謳われた風景は、春に
なり暖かくなって、やがて芽吹きへ向かう野山を歩く頃の夕暮れであろう。
春先によくみられる、かすみの掛かった月、おぼろ月は菜種月とも言われる。
俳句では菜の花は晩春の季語とのことである。
与謝蕪村(1716-1783年)が、菜の花をいくつもの歌に詠みこんでいる。
菜の花や 月は東に日は西に は、超有名だが、
他に、
菜の花や 鯨もよらず 海暮ぬ
菜の花や 摩耶を下れば 日の暮るる (「摩耶」とは六甲山系の摩耶山のこと)
菜の花を 墓に手向けん 金福寺
一茶と漱石も掲げておこう。
なの花にうしろ下りの住居かな(一茶)
菜の花の遙かに黄なり筑後川(夏目漱石)
風次郎
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