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風次郎のColumn『東京楽歩』
(No443H−025)
近くに見かけた花桃(白)
東京楽歩(H-443) 私的花語り(No25) はなもも 2016.春
「春の苑 紅(くれない)匂ふ 桃の花 下照る道に 出(い)で立つ 少女(をとめ)」
――大伴家持(おおとものやかもち)
「白桃や 莟(つぼみ)うるめる 枝の反り」 ――芥川龍之介
桜の季節が来て、花冷えの日も交えながらも自然界はどんどん色めき立ってきた。つい2〜3日前ま
で裸の弦を眺めるだけだった薔薇垣には緑の葉が一斉に噴き出しているし、ユキヤナギの白い花が揺れ
る陰にはレンギョウに変わってヤマブキの黄が咲いている。
桜に似た木の膚で艶やかに登場しているのは白、ピンク、赤の花を付けた「はなもも」である。
日課にして歩いている近くの鎌倉街道の脇の公園に紅白のそれぞれ小さな木に咲き始めた。
私の馴染む信州では、伊那谷と木曽谷を結ぶ国道 256号線は「はなもも街道」と呼ばれる。飯田IC周
辺から、水引の里、天竜峡、伊那谷道中、阿智村(駒場、昼神温泉、月川温泉)、清内路を通り南木曽
町(富貴畑温泉、南木曽温泉、妻籠宿)までの街道沿いに数千本の花桃が植えられているのだ。
現在では県内外に広まり3色に咲き分けた清内路産の花桃は全国的に咲いているという。
この花は、電力会社社長であった福沢桃介(福沢諭吉の娘婿)が、ドイツのミュンヘンで華麗に咲く
三色の花桃を見かけ、その美しさに魅せられて苗を購入し帰国、大正11年、木曽の発電所の庭に植えた
のが長野県で広まった始まりと言われている。ドイツから南木曽町、そしてそれは又山一つ越えた山村
清内路(せいだいじ)へと運ばれて、清内路の住民が少しづつ増やし、ここから全国へも広めてきたと
伝えられている。
ハナモモ(花桃)は、バラ目バラ科サクラ属の耐寒性落葉低木である。
もともと原産地は中国。花を観賞するために改良されたモモで、花つきがよいため、主に花を観賞す
る目的で庭木などによく利用されるのだと聞く。
桃は日本では縄文時代から栽培されているとの説もあり、数多くの品種改良が行われ、種類も豊富に
なったようだ。観賞用のハナモモとして改良が行われるようになったのは江戸時代に入ってからとのこ
とらしい。
一重、八重咲きがあり、樹形は立性で、枝垂れ性、ほうき立ち性、矮性などもある。多くの地ではサ
クラの開花前に咲くことが多く、桃の節句(雛祭り)に飾られる。しかし、春の遅い信州の山間地では、
桜の咲いた後のちょうど5月連休頃に見頃になるのである。花径は3〜5センチメートルである。結実
するが実は小さく、食用には適さない。
桃の節句に謳われる童謡、『たのしいひな祭りのうた』、私にも5歳年上の姉がいて子供の頃は良く
歌った。
(1) あかりをつけましょ ぼんぼりに
お花をあげましょ 桃の花
五人ばやしの 笛太鼓
今日はたのしい ひな祭り
(2) お内裏様(ダイリサマ)と おひな様
二人ならんで すまし顔
お嫁にいらした ねえさまに
よく似た官女(カンジョ)の 白い顔
(3) 金のびょうぶに うつる灯(ヒ)を
かすかにゆする 春の風
すこし白酒(シロザケ) めされたか
赤いお顔の 右大臣(ウダイジン)
(4) 着物をきかえて 帯しめて
今日はわたしも はれ姿
春のやよいの このよき日
なによりうれしい ひな祭り
桃の花の色から「桃色」という色名が生まれた。実が赤いところから「もえみ(燃実)」が変化して
「もも」になったとの説が何処となくもっともに思われる。
「桃」の字も中国から伝わった。桃の字の「兆」は ”妊娠の兆し”を意味しており、桃が「女性」
や「ひな祭り」と関係があるのはこの理由かららしい。
有名な日本昔話の「桃太郎」も桃から生まれた強い男の子の話、この話自体、相当昔からあり、桃の
木は万葉の頃から霊力のある木とされてきたという。
「桃栗3年、柿8年、梅は酸い酸い13年、柚子は大馬鹿18年、林檎ニコニコ25年」。これは実
を結ぶ時期のこと。何事も、時期が来なくてはできないというたとえである。
花言葉は「チャーミング」(桃)「私はあなたのとりこです」(枝垂桃)
「桃太郎」の伝説がある岡山県では「桃」が県花に指定されている。
東京に近い見どころとしては 桃の産地である甲府盆地が見事だ。八ヶ岳山麓へ通う時、旧・一宮町
(現:笛吹市)あたりを車で走ると、シーズン中は桃が咲き乱れ、一面、ピンクの桃源郷を駆け抜ける
ようである。
風次郎
はなもも(紅)
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