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風次郎のColumn『東京JOYLIFE』
No287(C-20)
東山梨駅ホーム
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2013年1月
中央線各駅停車 20.塩山から東山梨へ
まだ外は暗く夜汽車のような中央線の各駅停車が笹子峠を越えて勝沼の駅に到着し
た。
冷え込んだ冬の朝、笹子を通過するあたりでは冷たい空気の中に遠くから、眩い光
が放たれている中央道のトンネル事故修復現場に気を引かれたり、一般国道の行列を
見たりして、寒さの中に気が沈んでいた。そして長い長い暗いトンネルを越えて出て
来た山腹の勝沼駅に着いて、開けたのは甲府盆地の里の光の海だった。
まるでやがて開けくる夜空の星を集めて、山に囲まれた湖にそれを蒔いたかのよう
な輝きの光景に感じられた。
人は感情の動物である。周囲の状況に押されてか、心が沈んでいたから、その分余
計に美しい光と受け入れてしまったのだろう。
心は朝、美しい夜明けの賛美に向いていた。
軽快に塩山へ向かう坂をその光の海に魅せられつつ列車が下っていくうちに、私は
窓から見ているこの冷気の中を歩きたい衝動に駆られた。そして、塩山の駅のホーム
に降り立った。
「少し歩いていこう。」こう自分に言い聞かせると、階段を上り橋上駅の改札を出
て南口へ向かう。
駅前の広場は静まり返っていた。階段脇の土産物屋の前では名物桔梗信玄餅の幟旗
がだらりと立っていた。誰もいないから、背の高い広場のモニュメントの下を堂々と
横切って東山梨駅方面の方向に歩き始める。
この街は少し前の時代、山梨から車で東京へ向う時、混雑する中央道を避けて柳沢
峠に向かい、青梅街道を辿ってよく通った街だ。その時は甲府からこちら、盆地の東
山裾を中央本線に沿って走り、ここで峠道に掛かるのである。
笛吹川を登っていけば、三富温泉から雁坂峠を抜けるトンネルで秩父往還道が通じ
たので一度その方面をも訪ねたいと思っていたが、それはまだ温めている。
駅前の通りはひと頃に比べたら全くリニューアルされて広くなり、商店街も新装の
建物が多い。
時々思い出したように車のライトが寄ってきては去る。信号機の灯りも只黙々と点
滅を繰り返している夜明けの街であった。
空気の冷たいのが気持ち良い。少しづつあたりが白んでくる。
道路は中央本線に沿っているが、それが少し離れるあたりに菅田天神社があった。
社の建物が近年新装され軒の白壁が眼に入る。
古くから甲斐源氏の鎮守と位置づけられて甲斐武田氏の保護を受けたと伝えられて
いる。ここが甲府の鬼門にあたることから、武田信光のころ武田氏の家宝として相伝
されていた楯無鎧が安置され、「小桜韋威鎧兜、大袖付」として国宝にされている。
「国志」によれば、武田氏滅亡に際しては楯無鎧が塩山向嶽寺の杉下に埋められ、
後に徳川家康により再び当社に安置されたとする伝承もあるのだとも言われる。
境内にはカシをはじめスギ、ヒノキ、ケヤキの大木が繁る(県指定天然記念物)。
趣は充分である。
道路の反対側に、これもまだ真新しく映る、モダンにカーブを取り入れたデザイン
の市役所の建物が、灯りを消したまま開ける朝を待っているようであった。
さらに進むと、市民センターとでも言うべきか、市民文化会館と図書館を備えた大
きな建物があった。これもまだ新しい建物でこの町の整備は急速に進められたのであ
ろうかと思う。
踏切を渡ると県の合同庁舎があった。このあたりが甲州市と山梨市の境界になる。
山梨県は数年前、いくつのも統合による新市政が敷かれて、甲府以外はみんな新しく
改名されてしまったようで、まだ何となく馴染めない。
歩き始めて40分、朝が明けた。
この辺りまで来ると既に平地になって雪は残ってはいるものの薄いものであった。
道は畑の脇をに変わっていった。
歩く先には、花目に袋をかけて手入れを終えた桃の木が、棚に枝ばかりが続く冬
景色の中に、まるで花でも咲いているかの美しささえ思わせるものである。これは
もはや、早春賦であろうか、道端のせせらぎの軽い音が気分良かった。
そんな果樹園の中の道を進むと、突然のように駅のホームが現れるとそれが「東
山梨駅」であった。
東日本旅客鉄道(JR東日本)中央本線の駅である。
駅舎がない。果樹園の中の駅、というといかにも長閑である。ホームには両端か
ら自由に登っていくことができる。
反対側のホームへ行く場合は踏切を渡る必要がある。甲府側には駅の施設として
の跨線路があり、無理に横断をしようとすると、「危ないです。直ちに線路の外に
出てください」と音声メッセージが流れるようになっているようである。
1957年(昭和32年)に日本国有鉄道の旅客扱いのみの駅として開業した。
国鉄時代の一時期は東京方面と松本方面を結ぶ普通列車は通過し、塩山・韮崎間
の区間列車のみが停車していたそうだ。1日平均の乗車人員も600人程度とのこ
と、地域奉仕の駅であろう。
駅の近くには「清白寺」という寺がある。足利尊氏が夢窓国師を開山とし、13
33年に創立したと伝えられる臨済宗の寺院で、仏殿は禅宗様建築の代表的遺構と
して知られ、国宝に指定されてる。
私はさらに先へ歩くことにした。
風次郎
東山梨駅その2 ぶどう園の冬の花?
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