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風次郎のColumn『東京JOYLIFE』  
   No229(C-10)

  藤野駅
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                                                     2011年11月20日
中央線各駅停車10.藤野
                                                  

               相模湖の駅を出ると中央道の橋げたに沿ってあたかもその真下を走るような感じであ
              る。そして間もなくトンネルに入る、中央線は本州中央部の山間を走るのだが、まさに
              このあたりからはその実感が涌いてこよう。相模湖、藤野間で数えてみたら7つのトン
              ネルがあった。
               トンネルを出ると、開けた相模川の谷の向こう側の山肌に「封筒のパフォーマンス」
              が見える。窓から眺める度にあの変わったパフォーマンスを一度近くに行って確かめて
              見たいと思っていた。
               秋も終わりに近い日の午後、私は藤野の駅に降りた。
               東日本環境アクセスが業務を行う業務委託駅。島式ホーム1面の簡素な駅だ。ホーム
              用地幅が狭いため、上下線が互い違いに配置されていて上りホームが東京寄り、下りホ
              ームが甲府寄りと使い分けているのである。ホームの南側に木造の駅舎が置かれ、ホー
              ムとの間は跨線橋が結んで、それに付設する形でエレベーターが2基設置されていた。
              ホームと駅舎はともに斜面の一段高い位置にあるため、駅からは階段を降りて甲州街道
              沿いの街並みに向かうことになる。
               駅舎は瓦葺で民芸調の雰囲気、駅舎に続きの案内所があったので、そこに寄って地域
              の観光案内図をもらった。藤野町(ふじのまち)は、神奈川県の北西端に位置していた
              町である。2007年3月11日に相模原市に編入され、2010年4月からは相模原
              市緑区の一部である。古くは甲州街道の宿場町として栄えた。が、鉄道が敷かれてから
              山間にかかわらず近隣とともに東京の住宅地と化した。「芸術の町」を標榜し、郊外の
              環境をうまく生かして各種芸術の振興に力を入れているとのことである。
               その一環で里山に「芸術の道」と証する散策路を敷いて野外彫刻などの造形物を配し、
              観光にも役立てているのとのこと、私が気にしていた山の斜面に見える「封筒のパフォ
              ーマンス」もその名を「緑のラブレター」と言うのだそうだ。

               私はその「芸術の道」にも関心を持ったが、今回はともかく「緑のラブレター」を見
              に山中を歩いてみることにした。
               広場と言うほどの空間もない駅前から30mほど先に甲州街道(国道20号線)の信
              号が見える。道路から先は相模湖への傾斜地である。甲州街道は少しの商店街と住宅地
              が道路わきを埋めて続いている。信号を左に曲がると又すぐに変則な交差点があって、
              左側は陣馬山へ向かい、右は相模湖へ下る。相模湖は午後の陽に湖面が反射して光り、
              日連大橋(ひづれおおはし)を目前に置いて山に挟まれ、絵画のような風景であった。
               日連大橋は100mもある太鼓橋で、風景の中に置くには格好だ。ゆっくりと坂を下
              りこの橋を渡り切る。橋の袂の湖畔には近くの宿のコテージがいく棟か並び、湖畔にボ
              ートの発着所があった。この道は目前の山を越えるといわゆる道志みちと呼ばれる国道
              に至り、道志渓谷経由山中湖のファミリーリゾート方面に向かっているのだ。
               私は少し坂を上って右折し、相模川支流の秋山川に掛かったこれも太鼓橋「秋川橋」
              を渡った。まだ紅葉には早く落葉樹も葉をつけたまま静かに午後の日を浴びている道路
              であった。
               相模湖、とは言ってもこのあたりは上流で川幅から受ける印象は相模川であるが、そ
              れが、「秋川橋」の下で秋山川と合流しており、パンフには囲まれた三角の中の小山に
              ルートが敷かれていた。案内を見ながら橋を渡って少し坂道を登ったあたりを山道に入
              った。雑木林の中に人の通った跡のわかるほどの道であった。しかし、何歩も進まぬう
              ちにその道は雨水の流れに壊されたり、倒木に行く手を阻まれたり荒れていた。私は1
              週間前に関東も台風に見舞われたことを思い出した。この山も雨風に襲われて散策路は
              痛んでいるのだ。私は倒木をよけて進んだがパンフに記された次のポイントに行くまで
              に蜘蛛の巣だらけになってしまった。
               その先に野球場を備えた町営名倉グラウンドの広がりが見下ろせ「緑のラブレター」
              はそこを越えた山の向こう斜面にあるようだった。散策路はグラウンドの後ろ盾のよう
              に聳える京塚山に続き、さらに古峰山を経てそこに至るのである。
               どうも私が先に辿った道はあまり人が入らない場所のようで、そこから先は、台風の
              爪痕があるものの人の手が入っていて歩き易かった。
               坂道は急になった。林は終始鬱蒼とし、暗く、見通しは無く深山を行く気分であった。
              ただ、それは私にとって散策と言うより寧ろ登山の気分も味わえる楽しさもあって良か
              った。
               京塚山の山頂には烏帽子岩と呼ばれる石が山頂標識の下に置かれ、中央線を敷設する
              際のトンネル掘削がとても難儀で、それを鎮めた縁起に由来するらしき解説もあった。
              山稜を歩いて古峰山に達すると相模川側が開け、弁天橋の美しいフォームを見下ろす
              ことができた。そこから沢に下った。小さな川には赤い鉄製の橋が架かっていた。
               橋を渡って対岸を登ると民家があり、その脇を又登ってやっと「緑のラブレター」の
              下に着いた。間近の真下から見ると、それは鉄のフレームに白いシートを張って造った
              モニュメントであると判った。
               私はもう少ししっかりした素材で固められた物のように想像していたので、意外に思
              った。左へ回って斜面を上ると上から直にその場所を確かめることができた。作品は部
              分的にはシートが破損したり鉄骨が汚れていて、やはり中央線の車窓や相模川対岸あた
              りに離れて鑑賞する物か――、と思わねばならなかった。
               私は現物を見て納得するだけでよかったので山を降りることにした。
              通過した直下の部落も今風な洒落たもモダンな造りが多く、新興住宅地と言うに難く
              ない。弁天橋を渡って対岸からもう一度「緑のラブレター」を眺めた。ハートマークを
              付け緑に囲まれた封筒はスッキリと山肌に浮かび上がっていた。新興の住宅地には相応
              しいシンボルマークなのかも知れない。
               藤野駅から大月発東京行きの電車に乗って帰路を取った。今この区間は通勤電車区間
              になってしまっている。山行きの中央線も随分変わった。
               そろそろ夕闇の迫る時間になっていた。

                                                            風次郎           


緑のラブレター

  

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