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風次郎のColumn『東京JOYLIFE』  
   No222(C-09)

  相模湖駅
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                                                     2011年10月02日
中央線各駅停車9.相模湖
                                                  

               高尾駅を出ると列車は地方道516号(高尾裏街道)に沿って走る。ここから駅間
              が電車区間から列車区間に変わるので駅間が長くなる。
               河岸の土手、掘割、トンネルなどが入れ替わり、途切れ途切れに山襞をやり過ごし
              ていく。ところどころに白くなったすすきの穂が靡くのが車窓から見えた。
               ここまで来ると、中央線の車窓はすっかり都会地を離れ、山間地へ向かうそれらし
              き気配が漂うのだ。やがて列車は小仏城山を潜るトンネルに入り、さらに小さなトン
              ネルへ入る。それが開けると、右は山、左手に谷、対岸には右肩上がりの美しい山の
              線が眼に入ってくる。早朝だと霧が流れていて、緑の良い頃、或いは紅葉の頃は絵に
              なる風景だと思う。
               すぐに相模湖駅(さがみこえき)がある。そこは神奈川県である。

               相模湖駅は、相模原市緑区与瀬にある。
               1901年(明治34年)8月1日国鉄中央本線八王子駅〜上野原駅間開通と同時
              に開業したときはその時の地名と同じ与瀬(よせ)駅で、昭和31年「相模湖」と駅
              名が改称された。
               私には往年の「よせ」と言う名前も印象深く頭にある。それは当時鉄道各駅では駅
              員が列車の到着を待って大きな声で「よせ――、よせ――」と叫んでいた様子が思い
              出されるからである。「やめておけ、やめて置けー」と怒鳴っているようで滑稽だっ
              たし、懐かしい思い出だ。
               1947年(昭和22年)に完成した相模ダムによって相模川が堰き止められ出現
              した「相模湖」が観光地化し、与瀬村近隣町村の合併によって出来た「相模湖町」(
              相模原市に合併前)に因んで当時駅名が改められたと言うことであろう。
               国道20号線が山間を縫って相模川の東斜面を走っているが、その町並みが続くや
              や真っ直ぐになったあたり駅がある。かつて甲州街道の宿場町として栄えた歴史のあ
              るところである。
               ホームから振り返るように山側を見ると、中央道高速の橋桁が覆い被さるかのごと
              く何本も続いている。相模川へ向かう斜面の狭い部分に町並み、道路と鉄道が通り、
              さらに高速道路が並行しているのである。
               今年の夏の夕暮れ、富士見からの帰りに、高尾に18時29分に着く各駅停車に乗
              って来た。この駅で特急列車の通過待ちで10分ほど停車するので、ホームをぶらつ
              いていると、大きくはない町並みの向こうに、相模湖の水辺が覗き込めるような感じ
              の広がりに見えた。橋が架かっており、若い頃、会社の仲間と相模湖に掛かったその
              橋を越えて、山間の農家が開放していた秋の農園ピクニックに行ったことなど懐かし
              い思いもある。
               今でも都内から若者の行楽に人気があると言う。

                                                            風次郎           

  

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