☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
風次郎のColumn『東京JOYLIFE』
No175(C-06)
西八王子駅(北口) 高尾駅南口
★★★★★★★★★★★★★★★★★
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
2010年10月10日
中央線各駅停車
6.西八王子から高尾へ
西八王子
立川・八王子間を南へ下った中央線は八王子を出ると再び西へ向かって走る。しばらく
の間は住宅地を眺めるだけで、これといった楽しみも無い。
かつては電車駅の終点が八王子駅との認識であったが、今は概ね「高尾」がその役割
を担っており、八王子のつぎに止まる「西八王子」駅(昭和14年に開業、旅客営業のみ)も、
もっぱら都心に通う通勤者の為の駅のようだ。
この駅を降りて、眼と鼻の先に高尾に続いている甲州街道(国道20号線)は、秋の
銀杏並木が素晴らしい。真っ直ぐな広い道路の両脇を彩る黄色は、街道を辿る時、鮮や
かな風景に吸い込まれる程の何とも言えぬ圧巻である。
JR中央線もこの国道と併行して真っ直ぐ高尾に向かうが、昔は車窓から眺められた
この銀杏並木は、密集した民家に隠れてしまい、今は見えない。
やがて町田街道の陸橋をくぐって高尾駅に入る。
高尾
高尾の地名は高尾山および山上にある真言宗の名刹「高尾山薬王院有喜寺」から名付
けられたのが由来とのことである。
しかし、JRの駅は明治34年8月1日国有鉄道浅川駅(あさかわえき)として開業、
当時の所在地である東京府南多摩郡浅川村に由来して開業した。
浅川村は町制施行後、1959年に八王子市に編入され、そして駅は1962年(昭
和36年)3月20日「高尾駅」に改称されたのである。
有名な高尾山だけでなく、ここは南浅川を隔てた武蔵陵墓地(多摩御陵)天皇家の墓
地の玄関口であり、大正天皇(と貞明皇后)多摩陵、昭和天皇武蔵野陵に由来する京王
線高尾駅が並存する。
駅南口は、かって高尾線を開通させた、当時の京王帝都電鉄が委託管理していた日本
国有鉄道(国鉄)駅との合同改札だった。高尾線の実質的起源は、関東地方初の皇室墓
地である多摩御陵(武蔵陵墓地)への参拝路線として開業した時で、御陵線の歴史を持
っている。昭和6年3月20日御陵線として北野−御陵前(後の多摩御陵前)間が開業
した。
高尾駅はその後、1990年代後半の改札口分割により、京王電鉄・JR東日本それ
ぞれの専用改札口と中間改札が設置された。
また、高尾駅北口駅舎は、関東の駅百選に選定されている。
同じ社寺風デザインの大社線大社駅を設計した曽田甚蔵が設計、1927年(昭和2
年)に竣工した2代目である。これは大正天皇の大喪列車の始発駅として新宿御苑に設
置された仮設駅舎(995m2)を移築したもので、初代駅舎の木造平屋建て90m2から
木造平屋建て298m2と大規模になって風情がある。
武蔵陵墓地入口に架かる南浅川橋から下流の堤防でマスターズ主催のロードレース大
会が開催されており、私も以前は常連で参加したので、御陵にも何度か出かけたことが
ある。桜の季節は素晴らしい花の山里といった風光が楽しめると思う。
高尾山に登るときは、普通京王線で最寄の高尾山口まで行く。数年前ケーブルカーを
降りてから、甲州街道をこの高尾駅まで歩いてきたことがある。なだらかな山道はずっ
と民家が並ぶ住宅地のようであったが、昔からの峠道へのアプローチの雰囲気をほのか
に残しているようだ。
JRは本線の各駅停車発着をここで行うものが多くなった。したがって都心へ向かう
中央線の電車がここを始発終点とするものが多くなっている。
私が、中央線各駅停車を楽しむのはこの駅で乗り換えてからと言うことになろうか。
風次郎
風格ある高尾駅北口駅舎
メルマガ・風次郎の「東京ジョイライフ」「中央線各駅停車」(7)JOY C-07へ
メルマガ・風次郎の「東京ジョイライフ」トップへ
風次郎の「東京ジョイライフ」ホームページのトップへ
風次郎の「八ヶ岳山麓通信」のトップへ
風次郎の「世界旅」へ