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風次郎のColumn『東京JOYLIFE』
No163(C-01)
今日の国立駅
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2010年7月11日
中央線各駅停車1.国立
風次郎
fuujiro@jcom.home.ne.jp
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駅前の「マクドナルド」を見上げて、二階か三階の窓際に席が空いているのを確かめ
ると、一階のカウンターでコーヒーを買って入る。
日曜朝の7時頃であれば、空きの目立つ部屋は私のように近所の年配者が新聞を
持ち込んだり、学生クラブでサタディーナイトをすごしたか、何処かの居酒屋で夜を明かし
てしまった若者が、時間を持て余しているらしいのが関の山だ。
ガランとした雰囲気であって、日中見るの混雑した状態から想像すると、まるでもぬけの
殻のような「マクドナルド」の風景である。
休みの朝は、そこが気が休まるから私は散歩がてらにやってくるのだが、窓側の席に
座って駅の眺めを見下ろしながら寛ぐのも楽しみではある。
この街に住むようになって二十数年、駅前の様子も少しづつ変わった。そして、この
4〜5年は中央線の高架化が進み、国立駅の姿も大きく変わってしまったことを思う。
ここマクドナルドの上階から眺める国立駅は、駅前広場を挟んだ向こう側に高架橋が横長
に置かれたような長い形になった。要はホームの背に設けられた壁そのものの風景である。
縦ストライプを細かく配した外壁のほぼ中央前部には、四角の箱を置いたように、駅前ロータリ
ーから入る開札口が設えられて、まだ工事は続いている。
中央線の高架化工事が始まる前は、トンガリ屋根の駅舎がいかにも都心から離れた
郊外の住宅街の駅らしい風情をもたらしていたのであるが、それは今撤去されている。
聞くところによると、国立市は文化財としてその駅舎を保存し、街のシンボルとして駅の
ロータリーに復元することになっているとのことだ。
市民運動の賛否が錯綜し紆余曲折を経たようだが、それも良かろうと思う。
時はいろいろな事を起こしながら移っていくのだし、文化は余裕によって受け継がれ
るとも言われる。
かつて、私にとってこの駅は、会社勤めの頃の毎朝の出発点であり、毎日の活動の終止符を
打つ安堵の時間へ切り替える場であった。
そして今は、信州の生家である富士見の「南天寮」へ出かけるための駅になった。
駅の歴史を紐解くと、1926年(大正15年)4月1日 国有鉄道の駅として北多摩郡谷
保村に開業し、旅客及び貨物の取り扱いを開始したとになっていた。
大学(東京商科大学→一橋大学)や住民誘致のために箱根土地が駅を作り、鉄道省
へ譲渡したものだそうだ。そして駅名は中央本線国分寺駅と立川駅の中間にできる
新しい駅、そのままに両駅から1字ずつ取って「国立」と名付けられた。
のちに谷保村が「国立市」に昇進?する基になっている。
そしてここには隣接してJRが旧日本国有鉄道時代から「鉄道総合技術研究所」があ
り、日本が誇る新幹線車両もここで生まれた。
○
「マクドナルド」の二階に席を得て、日曜の朝の新聞を広げると、今日は参議院の選挙
の日であることの文字が踊っていた。窓外は、梅雨時ではあるがよく晴れ、昨日に続い
て夏の明るい太陽が駅舎の上に輝いている。
眩しさのなかでコーヒーの匂いが漂うのは何とも言えない良い気分である。
これからしばらくの間、中央線の各駅を「南天寮」のある富士見駅までひと駅づつを各駅停車で
確かめてみたいと思う。
風次郎
旧国立駅 昼と夜
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