向日葵の花(花言葉=「敬慕」他)
Music
by Music Cafe-Megumi Ichihara
(挿入曲 モーツアルト ソナタK331)
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風次郎の『善言・愛語』
――日々心の修養の為に――
Tokyo Joylife No505(A013)
「より良く人生を生きたい」
これは誰もが望むことだと思う。
しかし、これを実現することはなかなか難しい。そう思いつつ日々を過ごすことが人生そのも
ののようにも思う。
だから心の修養を心掛けるということなのだろう――。
風次郎も凡人として、生き方を事につけ思い巡らしている。
そんな日々の中で留めたい珠玉の言葉を見つけたり、注目して記してみたいと思う。
どうか読者の方々も賛同いただけたなら、生き方の中へ加味していただきたい。
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2017年8月6日
13.一隅を照らす
風次郎
yahfuujiro3@yahoo.co.jp
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多く解説され、語る人は、いずれも風格ある人生の師であり、それぞれ違和感がない。
教唆然るべき師の言葉であろう。まずは掲げてみよう
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一燈を提げて暗夜をいく。暗夜を憂うること勿れ。只だ一燈を頼め。
「照干一隅此則国宝」
「一隅を照らすこれ則ち国宝なり」江戸末期の儒者佐藤一斎は、天台宗を開いた最澄の
言葉から来ていると、そう語る。
天台宗ホームページ一隅を照らすより引用すれば、比叡山を開かれた伝教大師・最澄(
767-822)著書『天台法華宗年分学生式(山家学生式)』より出典したものである由。
『山家学生式(さんげがくしょうしき)』は、『法華経』を基調とする日本天台宗を開く
に当たり、最澄が人々を幸せへと導くために「一隅を照らす国宝的人材」を養成したいとの
熱意をこめて著述されたものである。
「国宝とは何物ぞ、宝とは道心(どうしん)なり」。仏道を求める心で御仏におすがりし、
御仏の教えを実行する心、これを「道心」という。御仏にすがる心をもって生活すれば、必
ず正しい生活をすることができる、と諭している。
「道心の中に衣食(えじき)あり 衣食の中に道心なし」。御仏の教えを実行して生活し
ていると、何不自由なく暮らすことができるのであるが、自己のことばかりを考えて生活し
ていると、他人への思いやりの心、御仏を信頼する心を忘れ、正しい人間生活を送ることが
できないということである。
「径寸(けいすん)十枚これ国宝に非ず、一隅を照らすこれ則ち国宝なり」。
「径寸」とは金銀財宝のことで、「一隅」とは今自分のいるその場所。お金や財宝は国の
宝ではなく、家庭や職場など、自分自身が置かれたその場所で、精一杯努力し、明るく光り
輝くことのできる人こそ、何物にも変えがたい貴い国の宝である。また、一人ひとりがそれ
ぞれの持ち場で全力を尽くすことによって、社会全体が明るく照らされていく。
自分のためばかりではなく、人の幸せ、人類みんなの幸せ求めていこう。「人の心の痛み
がわかる人」「人の喜びが素直に喜べる人」「人に対して優しさや思いやりがもてる心豊か
な人」こそが国の宝である。そして、そういう心豊かな人が集まれば、明るい社会が実現す
るのだ。と、説くのである。
国宝的人材」を養成したいという熱い想いから著述され、桓武天皇に提出されたものとい
われている。
癒やしの詩人坂村真民は、一つの灯火を掲げて一隅を照らす誠心誠意の歩みは必ず共鳴者
が現れ、いつか万灯となる。だからまず自分から始めなければならない。と、説き、「一灯
会」を組織した。
「光と力」
光は一隅より
力は一人より 火をともせ 火をともせ 火をもやせ
自分で自分を燃やすのだ
自分に明かりをつけるのだ
なぜ散りゆく木の葉が
あんなに己れを美しく染めるのか
そのことを考えて
自分を一層みがくのだ
「地球と共に」
神仏の姿は見ることはできないが、自己は見ることができる。
自己を見つめよと世尊は言われた。自己の何を見つめるか。
宇宙の中の一つの価値ある存在としての自己を見つめる。つまり銀河系の一つの星として
の自己をみつめる。
そしたら生まれてきたことに意義があり、生きていくことが嬉しいことになろう。
路傍のタンポポも、そうであり、一匹のこおろぎも、そうであり、一羽のみそさざいも、
そうである。
一千億の銀河系の中の一存在として動いている自分だと思うたら、何かひとつぐらい意義
のあることをしようという希望が生まれ、人生が凛凛としてくる。
東京護国寺に「天風会」を組織する中村天風は、
古聖の訓えにも、・われ在る処に常に光あらしめん
・われ行く処にまた光明を点ぜん と
いうのがあるが、誠と愛の心を以って、万物に接する時、期せずしてそれは光明となるのが
必至である。これこそ、まことに最も近くして最も遠く、最も新しくして最も古き、昭とし
て一貫する不易の人生哲学と人生科学の真髄である。として「照干一隅此則国宝」を取り上
げている。
また、「平成」元号の提案者であり、歴代首相のご意見番と言われた昭和の陽明学者安岡
正篤は、『緑のオアシス』と題して、
要するに、人々が己一人を無力なもの、ごまめの歯ぎしりと思わず、如何に自分の存在が
些細なものであっても、それは悉く人々、社会に関連していることを体認して、まず自らを
良くし、また自らの周囲を良くし、荒涼たる世間の砂漠の一隅に緑のオアシスをつくること
である。家庭によい家風をつくり、職場に良い気風をつくれないような人間どもが集まって、
どうして幸福な人類を実現できましょうか――。と、そして、
「一燈照隅 万燈照国」、要するに、少数の真剣な求道者のみが時勢の運命を徹見し、社
会を善導することができるのである。能く一隅を照らす者にして始めて、能く照衆・照国す
ることもできるのである。微力をあきらめてはならぬ。冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、ま
た閑にも耐えて、激せず、躁がず、競わず、従わず、自強してゆこう。と、問いかけている。
☆ ☆ ☆
いずれにしても、「一隅を照らす」はささやかな善い行いを行うこと。縁の下の力持ちと
なって、一人一人がみんなの困難を乗り越える為に心がけようとの教唆である。
殺伐とした昨今の世情には必要な尊いことだ思う。
*〔余談]最澄自筆の原本では、干→千とも読み取れるそうで、「照千一隅」は、「一隅を
守りながら、千里を照らす者たれ」の解もあるようです。
風次郎
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