千日紅(花言葉=「色あせぬ愛」「不朽」)
Music
by Music Cafe-Megumi Ichihara
(挿入曲 モーツアルト ソナタK331)
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風次郎の『善言・愛語』
――日々心の修養の為に――
Tokyo Joylife No465(A003)
「より良く人生を生きたい」
これは誰もが望むことだと思う。
しかし、これを実現することはなかなか難しい。そう思いつつ日々を過ごすことが人生そのも
ののようにも思う。
だから心の修養を心掛けるということなのだろう――。
ついにこの国の皆が言う「後期高齢者」の仲間入りをした。
風次郎も凡人として、生き方を事につけ思い巡らしている。
そんな日々の中で留めたい珠玉の言葉を見つけたり、注目して記してみたいと思う。
どうか読者の方々も賛同いただけたなら、生き方の中へ加味していただきたい。
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2016年10月2日
2.「師友」
風次郎
yahfuujiro3@yahoo.co.jp
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歴代総理に対しても陽明学的なアドバイザーとして顧問の役割を果たした安岡正篤が、
好んで使った。「○○師友会」と称して、関西師友会をはじめ安岡師の薫陶を受けた子
弟が生き方の勉強会を行っている。
「師友」は先生と生徒が目線を平らかにして友として学び合うことを讃えているので
あり、友を師と仰ぐことができればそれこそこの上ない人生と言うことになろうと思う。
『安岡正篤活学一日一言』(致知出版社刊)によれば、正篤師曰く――、
師友は、我々にとって第二次の父母兄弟である。
骨肉の親に対して言えば道の親である。
そは我々の疲れ病む心意に尽きせぬ力と光とを与え、
疑いと悩みとの他ない人生に、意味と悦楽とを恵む者である。
よい師友を得る時、
我々はちょうど塵埃(じんあい)と喧騒(けんそう)と濁気との都会を去って
深山幽谷(しんざんゆうこく)に入るように、覚えず清新な気を深く呼吸し、
身心はふたたび健やかに蘇(よみがえ)る。
そして、おのずからなる英霊の雰囲気が我々を卓レイ風発せしめ、
ともすれば絶望しようとした人生に、また霊活な気分で面接させ、
萎(な)えんとした双脚(そうきゃく)に堂々と四股踏(しこふ)み鳴らさせるので
ある。
と、―――願わくば我が友とそんな間柄を築きたいものである。
そもそもこの「師友」と言う言葉はどこから引用されたのであろうか。
幕末の志士、吉田松陰は時の流れに添えず野山獄に投獄されていた安政二年一月、従
兄弟にあたる玉木彦助の十五歳の元服式に、獄中から武士の心得七か条を書いて手紙で
贈った。
そこには、人たる所以、忠臣の立場、士道の在り方、武士の心がけが書かれ、それは、
現代の青年にとっても将に学に志し一考するにあたって、行動への指針として心に留め
ておきたい教訓であるとも言われる。
その「士規七則」の六項目目に記されたのが「師友」即ち、「徳を成し材を達するに
は、師恩友益多きにおり、故に君子は交遊を慎む」であった。
参考までに、以下、士規七則の原文と簡単な訳を掲載します。
暫しの含蓄を愉しまれますよう期待する次第です。
○
冊子を披繙せば、嘉言林の如く、躍々として人に迫る。顧ふに人読まず。即し読むと
も行はず。
(書物を開ければ、学ぶべき立派なことが山と載っていて、私達の心に訴えかけてく
る。考えるに人は折角のその書を読まない。もし読んでもその得た知識を行動に表
さない。)
苟に読みてこれを行はば、則ち千万世と雖も得て尽すべからず。
(事実、書を読み実践したならば、幾千万年にわたっても実践しつくす事はできない
のである。)
噫、復た何をか言はん。然りと雖も知る所ありて、言はざる能はざる人の至情なり。
(ああ、ことさら言うことではなく、ただ実践すれば良いのである。しかし知ってい
たら、その事を言うのが人の情というものである。)
古人これを古に言ひ、今我れこれを今に言ふ。亦なんぞ傷まん、士規七則を作る。
(昔の人は昔なりに言い、私も私なりに言う。何を慮ることもない、よってここに士
規七則をつくる。)
一、凡そ、生れて人たらば、よろしく人の禽獣に異るゆえんを知るべし。
(人として生まれたならば、人が鳥や獣と違う所以をしらないといけない。)
けだし人には五倫あり、しかして君臣父子を最も大なりと為す。
(思うに人には五つの道理があり、その中でも君臣の関係・父子の関係 が最も重要
である。)
故に人の人たるゆえんは忠孝を本となす。
(であるから、人が人である所以は忠と孝を基本とする。)
一、凡そ、皇国に生れては、よろしくわが宇内に尊きゆえんを知るべし。
(万世一系の天皇を頂く我が国に生まれたからには、我が国が天下において貴重な存
在である事を知らねばならない。)
けだし、皇朝は万葉統一にして、邦国の士夫世々禄位を襲ぐ。
(思うに、我が国は万世一系の大君を頂き、諸国の武士がその身分を世襲している。)
人君、民を養いて、もって祖業を続ぎ、臣民、君に忠してもって父志を継ぐ。
(大名が人民を養い、元の生業を継承し、それぞれが忠義を行い、父の志を受け継い
でいる。)
君臣一体、忠孝一致、ただわが国をしかりとなす。
(こうして、君臣一体、忠孝一致となる、これは我が国だけの特色といえる。)
一、士の道は義より大なるはなし。義は勇に因りて行はれ、勇は義に因りて長ず。
(武士の道において最も大切なのは義である。義は勇気に因って行動に移され、勇気
は義を知ることにより大きく成長する。)
一、士の行は質実欺かざるをもって要となし、巧詐過を文るをもって恥となす。
(武士の行いは、質素、実直、人を欺かない事が肝要である。人を欺き、自分を飾る
事は恥とする。)
光明正大、みなこれより出ず。
(正しき道義を行い、身が潔白であることは、これらの理由からである。)
一、人、古今に通ぜず、聖賢を師とせずんば、すなわち鄙夫のみ。読書尚友は君子のこ
となり。
(人間として古今の出来事に通ぜず、聖賢を師としない者は、心の貧しい人間であ
る。書を読み、それらを友にすることは君子のなすべきことである)
一、徳を成し材を達するには、師恩友益多きにおり、故に君子は交遊を慎む。
(徳を磨き優れた人間に達するには、恩師、友が多いことが条件であるから、君子は
人との交流は慎重に行う。)
一、死して後やむの四字は言簡にして義広し、堅忍果決、確乎として抜くべからざるも
のは、これをおきて術なきなり。
(死して後已むの四文字は言葉は簡単であるが意味は大きい、意思が堅固で忍耐強く、
決断力があり、断固としてその志を変えない時は、これが最適の言葉である。)
右士規七則約して三端となす。
(この右記が士規七則であり、要約すると三つとなる。)
いわく「志を立ててもって万事の源となす。交を択びてもって仁義の行を輔く。書を読
みてもって聖賢の訓をかんがふ」と、士まことにここに得ることあらば、またもって成
人となすべし。
(即ち、「志を立てることを全ての始まりとする。交流する相手を選ぶことにより仁義の
行為を学ぶ。書を読み先達の遺訓を学ぶ。」武士は、誠このような言葉から得るものが
あり理解できるならば、完成された人とするべきである。)
○
まことに以って、「金言」と言うべきか、名将乃木希典は、少年時代それを見て感動し、
玉木先生にその書を譲り受け、肌身離さず所持して絶えず読誦しては精神の修養に努めた
と言われている。時の流れは厳然としてあるが、日本人として思想の源流に貴重な認識を
要する言葉と思う。
風次郎
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