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風次郎の世界旅
 2011冬のドイツの旅
(9)

music by TAM Music Factory

               
                           朝のクラウンプラザH前           

      9)ベルリンの街―2―

                           次の朝、6時前にホテルを出てカイザー・ウィルム教会の前に立った。そのイルミネー
                          ションの瞬きを背にして路面の鉄道を渡り、ツォー駅に入る。
                           「ZOO(ツオー)」駅は文字通り動物園の駅と言うこと。ベルリンの繁華街クーダムの北に
                          は広大なティーアガルテンの森があり、その南側の部分は世界に屈指の動物園になってい
                          る。この駅はその最寄と言うこと。
                           遠距離列車は新しく出来た中央駅でということになるから、こちらの駅は繁華街と観光
                          客のためのローカルとなったのだろう。朝6時の構内は通勤する人たちの売店に寄ったり、
                          軽食を求める姿で賑わい始めていた。動く人々は慌ただしく、店の店員はまだ眠そうに作
                          業をしているように見えた。
                          駅を通り抜けて真っ直ぐ進む。
                           今朝はティーアガルテンの真ん中を貫くベルリンのメインストリート「6月17日通り」
                          を歩いてみることにしていた。
                           ワンブロック進んだところにエクセルシオールホテルが威風堂々と窓明かりを放ってい
                          た。その下がシュタイン広場である。
                           先の大きなエルンスト・ロイター広場のロータリーまで行くと、右側はベルリン工科大
                          学のキャンパスである。キャンパスは6月17日通りをはさんでロータリーの向こう側
                          まで続き、広大であった。
                           「6月17日通り」は、東へ進むとブランデンブルグ門から先を「ウンターリンデン通
                          り」に繋ぎ、このエルンスト・ロイター広場から先の西側は「ビスマルク通り」と名前が
                          変わる。名前の由来は「ドイツ統一の日」である。
                           スターリンの死から3か月後の1953年6月、東ベルリンで、大規模な反政府デモ(
                          ベルリン騒動)が起き、人民警察とソ連軍によって鎮圧(17日)されるという事件があ
                          った。そこで、ドイツ統一への重要性を旧西ドイツが認識した日と記念して、西ベルリン
                          の主要な道路である旧シャルロッテンブルク通りを、この事件を機会に「6月17日通り
                          」と改名したのであった。

                           ベルリン工科大学のキャンパスは門が開いていたので少し中へ入ってみた。入り口の掲
                          示板は、学校の公示部分を除くと無造作に張り紙で溢れていたが、学生の活動の実態は、
                          日本で見るものとあまり変わらないのだろうかと、思わせられたりしながら、解らないド
                          イツ語を辿って眺めるだけだった。
                           6月17日通りの、キャンパスを過ぎたところでランドヴェール運河に架かる橋を渡る
                          と鉄道を越え、左手にティーアガルテンの駅があった。
                           大通りもそこから先はティーアガルテンの森の中である。すべてプロイセン時代の名残、
                          総面積は210ヘクタールで、ニューヨークのセントラルパークと並ぶ規模があり、かつ
                          ては王家の狩猟場だったそうだ。この通りも、王宮からフリードリッヒ1世が后シャルロ
                          ッテンのために建てたシャルロッテン宮殿に通うための宮廷内の施設とあれば、当時の為
                          政者の権力に溜息が出るというもの。しかし、古の遺産と言え、大都会の真ん中に解放さ
                          れた豊かな自然の潤いを抱くベルリンの街の印象に、私は次第に憧れを抱きつつ惹かれる
                          のだった。
                           森の中へ向かう小道が幾つも見えた。湖の畔につくられた気持ちの良い散歩道だと聞か
                          されていたが、迷いそうなので割愛して、只管大通りを進む。
                           彼方に戦勝記念塔 (ジーゲスゾイレ) が見えていた。高さ67メートルの石造、頂上に
                          金色の勝利の女神ヴィクトリアが照明を浴びて輝いている。 これもプロイセンがデンマ
                          ーク戦争勝利を記念して建てられ1872年に完成したものであるが、この間、普墺戦争、
                          普仏戦争にも勝利しているので、これら戦勝をも顕彰する建造物となったもの。当初、議
                          会前の広場に建てられていたが、ベルリンを世界首都に改造するというヒトラーの構想実
                          施に先立ち、1939年現在の場所ティーアガルテン内のロータリーに移設されたのだそ
                          うだ。
                           塔下のロータリーの北側、森の奥にあるベルヴュー宮殿はドイツ統一後連邦大統領の官
                          邸になっている。
                           記念塔台座には、大勝利の模様を描いた銅版レリーフはめ込まれていた。これらのレリ
                          ーフも、第二次大戦後、フランスへ持ち去られ返還されたなど逸話がある。又、第二次大
                          戦の際、ここは兵士たちが篭って戦った場所であり、塔自体にもあちこちに大小様々な銃
                          撃や砲撃による弾痕がある。いずれもが、今となっては戦いの歴史の浮き沈みの物語り
                          だ。
                           塔内部には入らなかったが、内壁面は、世界各国から来た観光客が書いた落書きだらけ
                          だそうである。それは他のヨーロッパの建築物も似たり、寄ったりであるが―。
                           戦勝記念塔のあるロータリーを右に曲がって、暫らく歩くと森を離れた。
                           先に渡った運河がこちらの街に伸びており、橋の袂にベルリンホテルがあった。私はそ
                          の交差点を右折して動物園に向かいホテルに帰った。
                           ちょうどかれこれ2時間歩いたベルリンの街はとても良い印象であった。

                        
                     ZOO駅構内(ホームへ通ずる階段)            「6月17日通り」 

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