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昨日と同じようなアウトバーンの渋滞の中を行くバスの車窓は乗っていくらも経たぬう
ちに夕闇の中と化した。
ニュルンベルクから275kmを走ってドレスデンに向かう4時間のドライブであった。
しばらくは音楽を聴きながら車窓に眼をやっていたが、日中の疲れが出て私は殆ど眠
ってしまい、ドレスデン郊外のHOTEL QUALITY WESTに着く直前になってやっと気がつ
いたほどだった。
幸い夕食はホテルでとのことであったから、その夜はゆっくりと過ごすことが出来てよ
かった。
街の景観を見るのは楽しいことだ、だから旅をする。
ドレスデンは神聖ローマ帝国崩壊後ザクセン王国の首都として美しく栄えた街である。
豊かに流れるエルベ川のほとりに営々800年の歴史を刻んできたこの街も、第二次世
界大戦では徹底した爆撃にあい、市内中心部はほぼ灰燼に帰したのだという。
しかし、1990年の東西ドイツ統合後、歴史的建築物の再建計画が一層推進され、2
004年には歴史的建造物の残る文化的景観が評価されて、ドレスデンを中心にしたエル
ベ川流域18kmを対象にした「ドレスデン・エルベ渓谷」がユネスコ世界遺産に登録され
る復旧を為し得たのであった。(但し、2009年市が建設した交通渋滞解消のための橋
が景観をそこねるとのことで、今は登録が抹消されている)
ホテルが市街地から離れた郊外にあったため、早朝散歩では近くの閉まったままのショ
ッピングセンターとかカーデーラーなどを眺めることしか出来なかったから、出発の時間が
待ち遠しかった。幸い晴天に恵まれさわやかなスタートが出来た。
街はエルベ川を挟んで南北に2分して構成され、北側がアインハイト広場を中心にした
新市街、南側がドレスデン城を囲む旧市街である。駅も北のノウシュタット駅、南の中央
駅と2つ、両側の街は中央のアウグスト橋の他計3本の橋で結ばれ、最盛期を治めたアウ
グスト王によって整えられた街の形態はそのまま維持されているようであった。
私たちのバスは、エルベ川の畔、旧市街のオペラ座の前に止まった。
馬に乗ったザクセン王フリードリッヒ・アウグスト1世の銅像が建つ広場の正面には華麗
なツヴィンガー宮殿が朝陽に照らされていた。全体が見事な王冠のような建物の、屋根か
ら軒にかけて飾られた彫刻は様々な人間像である。
秀作マイセン磁器のカリヨンが掲げられた中庭への通路を入ると、中央に噴水のある円
形の池を囲んで左右対称、正方形に配された宮殿であった。後期バロックを代表するこの
建物も、第2次世界大戦で破壊されたのであるが、原型に忠実に再建されたものであると
のこと、一部にはテントが掛かって、目の当りにも再建工事が続けられている様子である。
南側の門「王冠の門」から水を湛えた堀に沿ってレジデンツ城へまわり、建物内部を抜け
てアウグスト通りへ向かい、城壁に描かれた「君主の行列」の彫刻を観た。高さ8m長さ10
0mに及ぶ壮大なもので、奇跡的に大戦にも無傷で残ったものである。27000枚のマイセ
ン磁器に描かれたザクセン歴代の君主が騎馬行進しているといった時代を誇示する壮大な
絵巻が陽に映えていた。
あたりはマルクト広場と呼ばれ、街の中心である。廃墟のまま放置されていたという王妃
の宮殿なども再建されて高級ホテルに生まれ変わっている。
そこに聳えるフラウエン教会(聖母教会)は、同じく瓦礫の堆積のままの状態だったもの
を、世界中から182億円もの寄付が集まり、2005年10月に工事が終わったのだという。
瓦礫から掘り出したオリジナルの部材はコンピューターを活用して可能な限り元の位置に
組み込まれ、その作業は「ヨーロッパ最大のジグソーパズル」と話題を呼んだのであった。
ガイドは、見事な聖堂を新しい名所と語った。
それにしても第二次世界大戦ではヒットラーの指令基地ニュルンベルクとともにドイツ
が誇る工業の粋を集めて軍事機密兵器を密かに製造、貯蔵しているとして、連合軍の集中
攻撃を受けた街である。
華麗な復旧の現実に、人間の力は果てしないもの、との感慨をもたずにいられない。
感嘆せざるを得なかった。そして心の隅にあった、連合軍が徹底破壊を狙わねばならな
かったその史実についての資料への関心さえ、私の脳中から少しずつ薄れていくのを感じ
た。
そこには中世を偲ぶゴチックを極めた美しい街があるのみだった。
展示室の復旧工事中の写真 「君主の行列広場」の壁面彫刻
* 2011冬のドイツの旅(5)
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