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ノートルダム寺院の「イエスの生涯」 ノートルダム寺院のステンドグラス
ゆっくり休んだ翌日の朝は殊に爽やかに思えた。
はなとホテルのロビーつづきのレストランで朝食をとることにした。1階のレストランは3階までが吹き抜けになっており、
大きなガラス張りの高窓から、外の明るさが取り込まれるカフェテリアの雰囲気が、気分よく寛げそうに思えた。
このホテルはソフィテルの資本になってから約2年の大改装の末、96年にグランドオープンしたのだそうだ。開放的な
ロビーと身障者への配慮を売り物にしており、一方で都会的なセンスが光る大型ホテルとも言われている。
3階までの各階は建物の内側に廊下が巡らされていて、そこからそれとなくこのカフェテリアが眺められる構造になって
おり、そこにも少しモダンを感じた。
カフェテリアにはステージが設けられ、夜には軽い音楽が演奏されていた。廊下を歩きながらふとステージを眺めるのも、
ちょっとしたおしゃれな感じであった。
朝食をすませたあと、バスへ集合することになっていた。全員参加の観光である。小雨の街へ出て行く。
西堀という京都弁の日本人が黒いコートを着て乗り込んできた。今日のガイドである。口髭をつけ、洒落た眼鏡をかけ、
ショルダー紐のついた掛けカバン、軽妙にユーモアたっぷりの解説でスタートした。
「ようこそパリへ! パリは国際都市。最近あった地下鉄爆破事件も国際都市であればこそ。パリっ子はそう気にはしな
い」とのイントロ。
「人々は通りすがりなどに体に触れることをとても嫌がる。年齢やどこの国民?との質問も避けた方が良い」
「スリは向こうは仕事としているのだから攻め、こちらは防備をするように」などの注意も、冗句を混ぜて楽しく織り込んで
くれた。
リュクサンブールの前を通り、古代浴場遺跡からカルチェ・ラタン、そしてシテ島のノートルダム寺院に向かう。
バスを降りた私達は西正面の方から寺院を眺めた。寺院の眺めは、後の方から見た特徴あるガマが構えたような感じ
の建物が印象的だが、表側は端正でいかめしい。これを眺める広場には足元にフランスの道路原票があった。
聖アンナ門を入っていく。
12世紀、ノートルダム聖母マリア崇拝の時代背景の頃に、4世紀からこの地に伝わる会堂をあらため、その後各地ノー
トルダム聖堂の手本となるゴチック建築として、装飾彫刻を施して完成した建物である。
天井を見る。アーチで支えるゴチックの雄大な構造。ステンドグラスの神妙な明かり。薄暗い場所ではあるが写真も撮っ
てみた。イギリスのウェストミンスター寺院のように到る所墓石だらけということでなく、広々とした院内は清々しいものを感
じた。
マリアの門(出口)へ通ずる向かって左側の回廊で、キリスト教の教えを伝える壁画の説明を受けた。子供たちにも分か
り易く伝えるためこのような壁画つくられたことを知った。
外に出ると、雨がやや激しくなってきたようだった。ガイドの西堀氏はタイミングよく、寺院の屋根から突出しているのは
「魔除けの怪獣として作られた雨樋」であることを説明し、怪獣の口から水が吐き出されているさまは、たちどころに皆の
納得材料になってしまった。
寺院の裏の庭園は絶好の写真撮影場所との紹介もあって、皆写真を撮るのに夢中になっていた。私も記念撮影をした。
セーヌ川の南畔を西へ向かう車窓からは対岸のルーブル、こちら側のオルセー、そしてコンコルド広場からシャンゼリゼ
通りを観て凱旋門まで走った。そしてシャイヨウ宮からエッフェル塔を望む。
雨は小降りになってきたが、塔はさすがに往時の世界一、2段目より上がガスに隠れていた。バスはエッフェル塔と陸軍
士官学校の中間にあるシャン・ド・マルス公園に止まり参加メンバー全員の記念撮影をして市内に引き返した。
私は常にセーヌ川中心の風景に興を引かれた。
川辺には独特のトタン屋根、屋台式の古本屋が沢山並んでいた。雨のため開けている店はほとんど無いが、並木の狭
間に素朴な風景で、華やかなパリにあって、庶民的な印象が伺われるのであった。
ルーブルの近く、ロワイアル広場に面した「レ・ミニストレス」というレストランでエスカルゴの昼食を楽しんだ。その後土産
品店へ寄り、午後はルイ14世の遺産ベルサイユ宮殿へ向かうことになっていた。
ヴェルサイユ宮殿
「パリだったら是非ヴェルサイユをみてきなさい」と海外通であるという得意先の方からいわれていたので期待は大きか
った。ものの本にも「この宮殿を見ないということは、フランスの一部を見忘れてきたようなもの」とも書いてあった。期待は
大きかった。
パリから約1時間バスは森の中の街を訪れたようにヴェルサイユに入っていった。
ルイ13世が狩猟に好んだ郷、太陽王ルイ14世は情熱をかたむけてここに大宮殿を完成したのだ。正に権威の象徴の
役割を果たした豪華な宮殿は、そこを舞台に繰り広げられた多くの歴史と共に今又世界に名を知らしめている。
石を敷き、運河を造り、粋を極めた建築と、美しく広い庭園を配して、欲しいがままの豪華さを求めたのであろう。ため息
と驚異、共に大いなるものであった。
大きな絵が沢山あった。調度品も煌びやかで見事であった。
時代背景の解説を聞いていると、部屋から部屋へは回廊式に連なっており、いわゆる廊下はなかった由、又トイレはいわ
ゆる携帯式(便壺)だったというから不便ではあったろう。ガイドの説明にはあらゆるところにマリー・アントワネットの名が登
場した。彼女の生涯の華やかな物語を聞く場所としても当に好適であった。
庭が一層良かった。広く整然としていた。さらに観光客も多いゆえ手入れが良く行き届いていた。
広々とした庭園の彼方に森が続き夕暮れの訪れのなかで寛ぐことができた。写真を何枚も撮った。ガイドブックなどで見
慣れたものもあり楽しかった。
かなり暮れて来たと感じたが、まだ4時にはなっていなかった。脇の門を出て、土産店を巡った。中の一軒でコーヒーを飲
んだ。美味かった。
午後になっても少々の雨が残っていたが、それもすっかりあがって、霧に煙るヴェルサイユの街をあとにした。バスに乗る
と急に暗くなったような気がした。5時を少し廻った頃ホテルに帰ってきた。もうあたりは真っ暗、彼方の街は光の海だ。
パリの冬日はひときわ短い。
夕食までに一休みと思ってベッドに入ったら、ドット疲れが出て寝込んでしまい、7時の会食に起こされたときは食べない
で眠り続けたいほどだった。
ヴェルサイユ宮殿の正面中庭にて
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