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買った絵はがきの中から
ユーロスターは旅のひとつのポイントであったが、残念でも動かないのだから仕方がない。天気の良いロンドンからド
ーバー海峡を見下ろしつつブリティシエアーラインのフライトを経て、夕方早い時間にパリに到着した。
はじめてのパリはとても静かな感じを受けた。それは華やかなイメージを抱いて訪れた私たちを迎えた夕暮れの頃か
ら翌朝にかけての「雨」がもたらした印象であろうか。
ヴィクトル・ユーゴーならずとも“パリが世界で最も美しい都である”と言われることに異論はない。ナポレオンは、“かつ
て存在し、いまも存在する最も美しい都市であるのみならず、将来存在しうる最も美しい都市”を描いて手を加えたと言
われる。第2次世界大戦で占領したヒットラーさえもその破壊を躊躇せざるを得なかったのである。
しかし、ドゴール空港を離れたバスが、街へ向けて走り出してからのしばらくは、むしろ曇った夕方の空の影響を受け
てか暗いイメージだった。それが市の中心部に入ってくるにしたがい、装飾の施された比較的低層の建物とマロニエの
並木道が目に入り始めると、描くイメージが次第に満たされてくるのだった。 街はすでに灯りの点る時がおとずれ煌
きはじめていた。興味津々として期待が湧きあがってくる。
やはりパリは美しい。異論をはさむわけにはいかない。
市の南寄りサン・ジャック通りのグラシア駅に近いホテル、ソフィテル・パリ・フォーラム・リブ・ゴーシュに落ち着く。
ダイニングを備えた広い部屋で、南向きのテラスがついていた。幸い夕食は一行皆がそのホテルで会食すること
になっていたし、ロンドンで忙しい3日間を過ごしたのでその夜はホテルでゆっくり過ごす事にした。
テラスの先には建物が並んで見えていたが、その脇から学校の庭が見えた。隣りにはこんもりとした林があり、彼
方に鉄道が走っていた。 地図を広げるとモンパルナスからベルサイユへ向かう鉄道らしい。あたりは少し霞がかっ
たようすで、夜のおとずれとともに雨になってきた。
雨は静けさを感ずるためにむしろ相応しいように思えた。
パリの街並には翌朝はじめて触れたのである。
雨もあったし、道もいまひとつ自信ない状況にかかわらず、絵に見る街角に並ぶおしゃれな建物を眼にしたとき、濡れた
マロニエの残り葉もさながら、“うん、いいじゃないか!”と納得したように思う。そして歩を進めるままに、あちこちの街角、
そこここの通りと絵画的なコマとなって現れるので、正にパリは何処でも絵になるのだと言われる訳が理解できた。しか
も眺める建物のそれぞれの階が、それぞれ微妙に別々のデザインの装飾で、手すりも含めて彫刻を施されている。街に
は古い壁や協会も目立つが、みな調和してそれぞれがおしゃれに並んでいるようだ。
これまで重ねられた歴史の中で多くの芸術家がこの雰囲気に浸り、歩きつつ街を愛したのであろうことを納得できるの
であった。
今、ネオンや広告塔も原色を避けているとのこと、けばけばしい広告のないのは実に良い。夜の街も華やかであるが、
やわらかく心を感嘆に導いてくれたと思う。
シャンゼリゼの昼と夜。カルチェラタンの雨の早朝は私にとって心に残るパリの風景であった。
もちろんパリに音楽はつきもの。何処へ行っても求める音楽の祭典はムーランルージュのディナーショーを選んで堪能した。
以来パリへの再訪にはこの旅のときの印象を拭い去ることは出来ない。
パリ(A)早朝の街並
パリはなんと言っても街並が美しい。
画家がパリへパリへと出かけるのもこの街並の美しさに惹かれるのであろうと思う。その建物の、時を経た彫刻つきの外
観が、それぞれの街路樹の並びとで街のハーモニーを奏でるようにつづいている。ゆったりとした艶やかなメロディーが聴こ
えてきて街への誘いを思う。
数日ここにいる旅行者にとってさえ、心が浮き立てられて「リド」や「ムーランルージュ」といった世界の優れたレビューに通
いたくなる雰囲気をもっているのだ。
シャンゼリゼを歩くと、またサンマルシェの街角に佇むと懐かしげな、アコーディオンとかヴィオリンのような伝統的な楽器
の音色が頭の中をよぎるのである。
そんなこの街に初めて足を踏み入れたのがこの旅だった。
到着の日の夜をゆったり過ごした私は、朝早く起きだして宿泊していたホテル、ソフィテル・パリ・フォーラム・ゴーシュを出た。
ホテルはモンパルナスの丘からイタリア広場に通づるサン・ジャック通りにあった。
明け切れない街は小雨をまじえて煙っていた。通り沿いにあるオルリー空港行きバス停のある交差点には付近を説明する
大きな案内看板があり雨に濡れ街灯に照らされて光っていた。
“仏語だ。” パリに居る実感をもって暫し見入った。
空港行きの待合室には最早人がいた。
“まだ5時をまわったばかりというのに‐‐”
近寄って声をかけることはしなかった。仏語にはブレーキがかかる。それに何といってもまだこの街には数歩を始めたばか
りじゃないか。
交差点からラスパイユ通りを下り、モンパルナス通りを東へ、そしてサン・ミシェル大通りを歩きリュクサンブールからいわゆる
カルチェ・ラタンで朝のひと時をを過ごすのがこの日の散歩コースだった。
雨は霧が流れるほどのもので大して苦にならなかった。パリの人々は雨にも濡れて歩くと言われることだから、これが相応し
い歓迎かと受け入れられるほどのものだった。モンパルナス通りとサン・ミシェル通りの角には見るに憧れたカフェテラスがあり、
人気のないテーブルと椅子が夜明け前の歩道沿いに並べられていた。あたりには、この雨に散って吹かれたのか、マロニエの
葉が落ちてかたまっていた。
リュクサンブール公園の門に続く真っ直ぐの通りは大きなマロニエの並木道である。すでに葉が散り終えて寂しい風情ではあ
ったが、大きな鉄格子の門まで歩いて行った。イギリス、フランス両様式が取り入れられ、かつて宮殿にあった街の中の美しい
公園は、若者たちの夢を育てる広場になっていると言う。カルチェ・ラタンに散在する学校の生徒たちもここに憩い、多くの恋物
語がここで綴られるとか。正面の鉄の門は少しいかめしく、東京の赤坂離宮の門の感じと似ていた。門はしっかりと閉じられて
いた。
リュクサンブールにはいつかその美しい秋をたずねて見たいと思っているがその後の訪欧でも実現していない。今も思い続け
ている。
サン・ミシェル大通りの右手にソルボンヌ大学を見て、緑を残すこんもりとした木々の下をどんどんセーヌ川に向かって歩いた。
サンジェルマン通りとの交差点を過ぎると街は建物の重なりが多くなり、やがてセーヌ川にかかる橋の袂が開けてきた。その
まま橋を渡っていった。
シテ島には灯りは少なかった。
いつだったか東京駅の2階のギャラリーにパリの美術展があり、そこにパリのセーヌ川沿いの市街模型が展示されたのを見
に入ったことがある。その時ノートルダム寺院の場所をくっきりと覚えこませたのは、いつの日かきっと訪ねることがあろうとの
思いだったろうか。
橋の上からは大きな裁判所や警視庁の建物が見えたが、私はそれよりもノートルダムの前に向かい、暫らくの間黒い二つの
塔を見上げていた。少しばかりの明るみが東の空から寄せていたが、印象深い造形は黒く高かった。今日の観光には再びここ
を訪れることになっていたので、その場はそれで満足することにした。
セーヌ川を渡り直し、カルチェ・ラタンのイタリー通りの脇小路を眺めて歩いた。シヤッターを降ろした小間物屋や衣料品店の
ほか文献、美術品の店も多かった。が、いくつかの骨董品店はウインドウの中にいかにも骨董らしき品物が並んでいるのが覗
けた。
しばらく好奇心の世界を楽しんだので、朝の大切な時間を終えてホテル戻ることにした。
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――好きになった街角――
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