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風次郎の世界旅
e6 ヨーロッパ・メモリアルツアーin1996
(6)

music by KASEDA MUSIC LABO


テームズ川と国会議事堂

ヨーロッパ・メモリアルツアーin1996(6)

 朝の街を走る

                 一旦眠りが覚めてしまうとなかなか再びは眠れないものだ。
                場所が変わってしまっているし、第一海外ということで興奮している。
                おまけに時差で頭の中はこんがらがっている。

                 5時前に起きだして、なるべく音を立てないように外へ出る。 ランニングシューズ、タイツにショートパンツ、長袖の
                トレーナーのいでたち。
                 昨夜の様子からすると、厳しい寒さはなかろうと思う。
                 もはやリネンの車がホテルのまえの道路に来て、それらしき人達の作業の動きが始まっていた。
                 「Good Morning」の挨拶はいつも何処の国でも気持ちが良い。西南の中空に月が上がっている。

                 何処の町も走って見ることにしている。それがとても楽しみになっている。
                 私の旅にとって、これは国内の出張して歩くことになってから始まったことだ。
                 私は若い頃長距離の選手であった。会社に入っても駅伝のチームに属していた。また、地方に転勤したときはその
                地方のチームのメンバーとなってレースにも参加した。出張稼業になってから、練習は一般のサラリーマンにとって毎
                日朝や夕方きちんと続けることは無理だった。週に1回の合同練習がせいぜい。自己練習は深夜か朝しかできない。
                 会社勤めの私は営業畑を歩いていたので、夜は何かとつきあいもあって、練習の為にそれを切り上げることは出来
                なかった。仕方なしに何時に寝ても5時に起きて走る習慣を身につけたのである。睡眠時間は通勤電車の中でも立っ
                て寝るなど工夫した。
                 走ることは、出張先でその地の地理や状況を把握するのに随分役立った。
                 もっとも街の様子は道路や建物、有名なところの場所を把握するのみで、なか身のある観光めぐりは出来なかったが――

                 これは海外に出るようになっても続けていた。最初の頃は知らない暗い街を地図だけで走るのは怖かった。
                 アメリカではLAの郊外で朝までうろついていた酔っ払いにコーラ瓶を投げつけられたり、NYあたりでは早朝動き出すの
                は決まって体格の優れた黒人達だから、冬の朝など黒ずくめの巨体が歩いている歩道をすり抜けて走るのは不気味だ
                った。
                 しかし、考えてみれば、悪人にとっての早朝は、彼等の引き上げ時であって、古今東西早朝から動き働く人々に悪い人
                がいる訳がない。まして、こちらは走っているのだ。逃げる場になったって、悪人にはつかまるまい。と、思うようになった。

                 ロンドンを走りながら、月影に我が身を照らしてみた。
                 道路に映った倍ほどの身の丈の影に、“おはよう”と言って体操をはじめると活力が甦る。
                 ベイズヲーター通りから東へ30分ほど走ってみよう。と軽く足を上げる。 昨夜地下鉄に乗ったランカスターゲート駅を
                見やって、市の中心部へ向かった。

                 月を背にして走る。ベイズヲーター通りは背の高い、しかし、太さはあまりない並木通りで、ブロックを敷き詰めた広い歩
                道を伴っていた。真っ直ぐにハイドパークに沿った広い通りだった。
                 手にした地図はいつものJTBの世界各都市の区分地図、曲がる角にはしっかりとマークを付けてある。
                 5分も走ると右側の公園の並木は終わり、前方には中心街の明かりが、少し寂しげに光っているようだった。朝の活動
                を待つというか、昨夜の賑わいに疲れた跡というか、その印象は見る人の思いに動かされる。早朝の街並は閑散として、
                新聞などの切れ端がシャッターの脇に追いやられたように散らかっているものだが、その雑然も人気のないときはむしろ
                安堵の風景と眼に映るものである。
                 暗い道ではあるが、ロンドンの街を東西に渡るメインストリートを走る。この通りはベイズヲーター、オックスフォード、ニ
                ューオックスフォード、ホルボーンと幾つもの名称に変えながら東へ向かっている。
                 右へ折れるとピカデリーサーカスへつながるオックスフォードサーカスを通り過ぎ、トッツナムコートロードの交差点を左
                折して、来るあての無くなった「大英博物館」を訪れてみた。街灯にぼんやり浮かび上がった正面からの眺めは、左右対
                称の端正な建物である。1759年世界に先駆けてオープンした英国の名誉なのだ。
                 走っているが故、グルリと一周した。建物の一部はホテルにもなっているようで、エントランスの窓明かりが侘しく灯って
                いる。
                 近くのロンドン大学も眺めてから、来た道をパークコートホテルへ戻った。
                 走ってみると、ソーホーやオペラハウスのある繁華街が割合近い処にあるのだなとわかった。帰りは丁度月に向かって
                走れば良かった。
 
                 翌日5日も早朝の街を走って眺めた。やはり晴天に月が出ていた。前日と反対にベイズヲーター通りをケンジントン公園
                沿いに西へ向かってから左折し、宮殿の前を通り抜けてケンジントンロードを東へ向かった。
                 ロイヤルアルバートホール、王立音楽学校、科学博物館、ヴィクトリア美術工芸の殿堂アルバート美術館、と建ち並ぶク
                イーンズゲートからクロムウェル通り、プロンプトンロードを走り抜け、ハイドパークコーナーを右折してバッキンガム宮殿の
                裏をビクトリア駅まで行った。

                 テームズ川のほとりを直接確かめたいと思ってボクソールブリッジロードを南下したが、途中予定した時間内に戻るのが
                無理と判断して、ピムリコあたりから引き返した。ピムリコの地下鉄入り口で出勤途上の青年に場所を尋ねると、急ぎ足を
                止めて、親切に教えてくれた。毛糸の帽子の下に見た彼の微笑が、吐く息の白さとともに印象に残った。
                 返りはバッキンガム宮殿の前を通り、インターコンチネンタルホテル前の大きな交差点を走ったまま突っ切り、ハイドパー
                クの中をホテルへ戻った。
                 公園から眺める明け行くロンドンの街並をとても懐かしく思う。
                 考えてみるとロンドンの街はほんのさわりしか味わっていない。もう少しロンドンを味わい、イギリスの諸都市を歩いてみた
                いと思うのだが。


                                  〇 〇 〇 〇  〇 〇 〇 〇〇 〇 〇 〇  〇 〇 〇 〇
 

――パークコートホテルと私たちのバス――


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