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St.Martins' Theatre へ行こう!
前方すぐ斜め前の席に若い白人の夫婦が、まだ1歳にもならないだろう赤ん坊を連れて乗っていた。
若い女性のアテンダンスが、しきりに気を使い、席の前にテーブル状のベットを装備して夫妻と共に子供を移して
言った。
“上手い具合にいくものだな”と、通りすがりに赤ん坊の顔を覗き込みながら話しかけると、里帰りの旅行だそうな。
ご主人の方はロンドン育ちとのことだった。
うちとけた方だったので、私はガイドブックを見て気にかかっていたことをその男性に質問してみた。
「ロンドンでは、世界で一番ロングランと言われているマーチン劇場の“マウストラップ”をご存知でしょうか?」
「ええ、知っています。とても有名だから!ただ、私は観たことはありませんが。」
「マーチン劇場は分かりにくい場所でしょうか?」
「セント・マーチンはすぐ分かりますよ。街なかにありますし、誰でも知っているでしょう。」
してやったり!“すぐに添乗員に相談に乗ってもらおう。”
私達のグループは32名。ロンドン、パリ、ローマまでがメインのコースでそこから私達はジュネーブへ向かう。
JALから派遣されたツアーコンダクターは女性2名。フランスがファンの渡辺さんとイタリア通の上島さん2人ともジュ
ネーブの最後までご一緒してくれるとのことだった。
2人ともSt.Martinsは知らないようだったがすぐに渡辺さんが調べてくれた。
私達の泊まるハイドパークのホテルからはタクシーでも地下鉄でも15分の場所だとのこと。家を出る前は思ってもい
なかったが「行ってみようか?」と妻はなに問いかける。
4時にヒースローに着けばホテルに向かい、チェックインの後はフリーだ。6時半にはフリーになるとのこと、いずれク
リスマス前の夜の街を眺め、食事をするということになろう。街には出るのだから。
「いいわよ」とはなが言う。「少し眠いだろうけど。」−−−確かに。
渡辺さんがTEL番号を調べてくれた。ついでに彼女はポケットからUKのテレホンカードをだして、
「まだ残っているから、使ってください」
“ ヤレ、うれしや。ヒースローに降りたら早速チャレンジしてみよう”
“よくねむっておかなきゃー”
機内の映画でまだ日本に公開されていない「インディペンデンス・デイ」を観たことを覚えている。
食事はディナーとランチ、いつも日本機の食事には感心する。美味い。
機はモスクワをかすめて飛び、スカンジナビアの湾から海岸線に沿って南下する感じでロンドンに向かう。
昼間の旅は下界が見えると余計楽しい。初めての国、初めて眺める鳥瞰図のヨーロッパ、機は海峡を越えてUK領域
内に入った。
○
あわただしく入国手続きを済ませると、ロビーの公衆電話に飛びついた。テレホンカードはこんなときはとても便利だ。
「Hello! I'm a stranger from Japan. Just arrived in Heathrow, but looking forward to get two tonight seats.How about
now?」
英国での初めての会話である。英米人には仰々しい前置きがいらなくてやり易い。
「Oh! yes. we have only tow seats for special guests of
tonight. and you are guests」
「Oh! yes that's great.Thank you」
ありがたや!切符があった。一番高い(値段が)席、前から2列目のど真ん中。一番高いと言っても日本円で約8000円。
胸をなでおろし、期待に胸を膨らませて市内へ向かうバスに乗る。
夕闇迫るヒースロウから市内までの約1時間、現地の日本人ガイドの説明を聞きながら窓の外に眼を凝らす。
市内に近づくにつれ、クリスマス飾りのイルミネーションが目立ってくる。
どこかに英国の雰囲気が宿るのではないかとの期待がはやった。
やがて森の中の通りのような鬱蒼とした大木の並木道を通り、ハイドパークの北、ランカスターゲートのパークコートホテ
ルに到着した。
チェックインの慌しい時を過ごし荷物の整理をした。
2階に与えられた部屋の窓から、冬木立の先に広がるハイドパークの様子をゆっくり伺う間もない程に、私達は早速コー
トを被って外に出る。 風もなく穏やかな街の空気に触れる。寒さを感じなくて良かった。
チューブ(地下鉄)ランカスターゲートの駅がホテルから100m位のところにあった。
ST.Martinsは案内書ではレイセスタースクエア駅の近くとのこと。1度の乗り換えで難なくロンドンの歓楽街へ着く。初めて
の街だけど劇場へ向かうせいか、東京の日比谷の雰囲気を感じた。チュウブの改札出口で駅員に尋ねると、上に上がって
左の角を曲がればすぐ分かるとのことだった。実を言うと、そこから紆余曲折。道路がはっきりした角でなく、斜めのコーナ
ーになっていたので、私は通りすがりの人に「セイント マーチンズはどちらか」と尋ねたのだが、これがトラブルのもとだった。
その人は「こちらではない、反対側を真っ直ぐ行くと左側にある」と教えてくれた。
“おかしいな”と思ったが開演の8時は迫っていたので、はなに目配せしながら私達は素直に急いだ。そこはマーチンズ教
会だった。
教会はひっそりしていて人影はなく、近くにいた人はSt Martins theatarは知らないと言う。仕方なく公衆電話で劇場へ電話
すると、劇場はマーチンストリートにある。タクシーを使うと絶対だとの案内だった。
“そうか。ドジッタな!”ご機嫌斜めのはなを、見やって、同じ道を後戻り、時計は開演の8時を廻ってしまった。タクシーもな
かなか見えない。そんなところへたまたま制服の警官が通りかかった。
救いの神、この警官が丁寧に教えてくれた。何のことはない。一番先に曲がった角をあと50m進めば大きなネオンサイン
の看板が見えたのだ。
St Martins TheatreはMartinストリートにあるのだった。
少し汗をかいた。15分遅れの入場だったのに窓口は丁寧に対応してくれて嬉しかった。良い席を空けたままで開演し、そ
こに遅れたきた日本人ははたして周囲の人々からどんな眼で見られただろうか。気にせざるを得なかった。真ん中の席に着
くのはとても恐縮した。舞台は吹雪の夜を迎える小さなホテルのロビーの場、佳境に入る前で良かった。
やっと落ち着いた。
The Moustrap(ネズミ捕り)はアガサ・クリスティーが得意のマザーグースのお話を下敷きに書いたミステリーで、最初は
「Three Brind Mice」という30分のラジオ番組用に創作されたものである。
もちろん私の英語力では優れた役者の細かい表現を受け入れることはできなかったが、2幕3場(休憩あり)をそれなり
に楽しむことはできた。何せ45年の公演記録が続いているという事実に圧倒されて、感じ入ったと言うところだろうか。
初めてニューヨークへ行った時、ブロードウェイのミュージカルをどうしても見たいと会社の支配人に強請って、やっと割
り込んで(当日の切符はなかなか取れない)「Me and My Girl」を見たことがある。ショウの面白さはともかく、台詞の作る
観客の笑いに呼応出来なくて参った。ミュージカルは会場全体の雰囲気が盛り上がって大きな迫力を呼ぶ。それについ
ていけなければ楽しさは半減する。一方芝居は比較的こじんまりした小屋で行われるものが多い。最近はほとんどマイク
をつけて演技されるが、地声で声が届けられ、役者の表情がはっきりと見られることが尊いと思う。
St Martinsは300人収容ほどのこじんまりした、芝居には理想的な小屋だと思った。長い伝統がつくりあげたのか、遅
れて入った私達のことを棚にあげると観客マナーも立派だった。よくある、紙がこすれてカサカサ鳴る音も、咳いもなかった。
2階席の手摺が彫刻飾りつきで、もしもう一度来る機会があったらあの手摺を前にして座りたいなどと思ったりした。
ロンドンの第1日は少しトラブッた。第1がSt Martinsへ行くのに迷ったことだが、帰りのタクシーが捕まえられず再びチュ
ーブを利用することになった。そこには第2のトラブリが待っていた。ホームに出た途端、故障のアナウンス。復旧見通しつ
かずの由。
アレマッ!
はなは上に出てタクシーを捜そうと主張したが、私は、もう11時半ではラッシュだし、私の言葉では強引に捕まえることも
難しいと踏んで、ホームで待つことを選んだ。
ホームはあとから後へ人が入りいっぱいになってきた。仕方ない、ロンドン人の顔やこんな時の身づくろいを観察でも楽し
もうくらいに思っていると、幸い、“故障です”だけをただ繰り返していたアナウンスが突然運行を告げた。
“間もなく車両が到着します”とのこと。
“やれやれ!”
真夜中のランカスターゲート駅の馬鹿デカイエレベーターを降りて、ベイズウオーター通りからホテルに着いたのは12時
半になっていた。劇場にたどりくのに戸惑ってしまったので、結局夕食は休憩時間に食べたアイスクリームだけになったし
まった。
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――ハイドパークに面したパークコートホテル――