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(B)ポンペイへ
雨が降っていた。ホテルのフロントに止まっているバスはボディーが濡れて、まだ明けきらない朝、暗い中にホテルの
ネオンを反射させている。
“南に200km下ると少しは天気が変わるだろうか?”
まだ眠さの残る頭に少し憂鬱を抱えながら携帯傘をもってバスに乗り込む。
丁度7時だった。
ガイドの池田さんが渋滞にあったといって遅れてきた。平身低頭している。何かユーモアが必要だな、と思ったが咄嗟
に出ない。
「皆眠くて今乗ったばかりですよ!」とせめてもの慰めを言う。この時間に彼女はもう子供を学校に送ってきたのだそうな。
バスは市内を東に向かい城壁を抜けて高速道路「太陽の道」を南下していく。ローマの市街地を離れるに従い沿道は農
村風景に変わった。
イタリアの風土は農村が基調である。今日は雨があって遠くまで見通すことが出来ない。晴れれば彼方には山も見える
という。牧歌の世界である。
平地につづく畑の中にジプシーがキャンピングカーを並べて生活している風景がかなり続くのを見た。ジプシーとはいえ、
かなり良い生活レベルとのことだから考えさせられる。でありながら、スリ、引ったくり、物取りの殆どが彼らの仕業だという
からさらに考えさせられる。そんな話題も加われば、どうも今朝のバスの中はスカッとしない空気、暗くなりがちな雨天の影
響もある。
霧の中から薄い影になったベスビアス山が見えるようになって、ポンペイに近いことがわかった。ベスビアスをカメラに収
めようとしたがちょっと無理のようだった。
今回の旅ではポンペイも大きな期待を持っていたところだ。それに昨夜バチカンのサン・ピエトロ寺院に圧倒されて、“古
い時代の現代に勝る壮大な志に関心の高まった私はますます興味が増大していたので、ガイドの池田さんの解説を一生
懸命聞いておこうという気になっていた。
ポンペイの遺跡に着いても、まだ小雨が残っていた。今は廃墟となったが、当時の華麗な街は丘の上にあった。
入り口から坂道と階段をあがり、公衆浴場、そしてパン屋、市民集会の行われた広場、高級浴場、売春宿、宝石店など、
社会の成り立ちや風俗を物語る街並みが、火山爆発のあったそのままの姿ですっかり甦らされていた。当時比較的高級で
あったという屋敷の中の様子も一瞬にして火山灰下に埋もれ、それがそのままの姿で掘り出されている。見る毎に驚異の
連続であった。
公衆広場で、施政方針演説を説いたのだろう。市民は浴場に寛ぎ、疲れを癒しつつ相互のコミニュケートを楽しんだとは
日本の銭湯と同じだ。市内の道路の下には水道管ばかりか燃料ガス管が配置されているのを見るとは思わなかった。文
化の度合いは極めて高い。
次から次と遠い時代の遺物を見、解説で訳が詳らかにされると、それがいかに現代社会に類したものであるかの物語で
あり、“2千年前も今も社会の様式はかわらないままだ!”と不思議な気持ちになった。
文明は進化によって確かに道具の進歩を実現したが、そして交通は発達して世界は小さくなったが、その分複雑さは増し、
さらに危険性は増し、人類の争いは依然として絶えない。奴隷制度こそ無くなったが、社会構造は利害の坩堝だ。我々にと
って、生活の基盤、基本形は千万年前と些かも変わっていないのかと思うと、その真髄を真剣に自分のものとして生きて行
かねば、と感ずるのであった。
時代は古くても、新しくても生きる真髄は変わらない。
日本はどうだろうか。その時代はまだ文明に離れた原始に近い弥生式の時代であったのだ。 そう思うと、既に廃墟と化し
たこの厚い歴史に重ね塗られた世界を基盤に生きている人々の、精神構造の成り立ちを理解する必要があるかなと思った
りした。そもそもそれは無意識のうちに考え方の基準が私たちとは異なっているものと思われる。
人類の歴史とはこのように積み上げられたものなのだ。
暫し感慨の中に浸ってしまった。
遺跡の中には野良犬がたくさん生息している。私達の集団の中にも潜り込んで人懐こくついて来た。あまり可愛らしいので
頭を撫でながら話を聞いていたら池田さんに注意されてしまった。彼女は時々ヒステリックだった。
観光センターみたいなところのレストランで昼食をとった。水は炭酸入りをもらった。ポンペイを歩き回ったので軽い疲れも
あったし、雨の中で傘を差しながらで体も冷えていたのだろうか、バスに乗るとその暖かさに体が緩んでメンバーの大半が
寝入ってしまったようだ。私もすっかり眠りこんで、気がつくとナポリの町へ入り海岸通りへ出ていた。リゾートの美しい景色
も夢うつつの中でナポリの印象はほとんど無い。白い建物を見廻しながら湾とベスビオスをバックに写真を撮ったが、あとは
どうもよく覚えていない。
私ばかりではなかった。はなの話でも、帰路の約200kmはまるで夜行寝台バスのようだったらしい。そのままローマの街
へ戻ってきた。雨は又降ってきた。
ローマに戻ると皆でスペイン階段へ行った。その階段を下りて、傘をさしながら水溜りを飛び越えながらのひと時を過ごした。
階段に向かって右側の古い建物に日本人の経営する土産物屋があり、添乗員の口利きでそこが行動の拠点となった。小間
物、衣類、何でも揃った店で便利な場所でもあり、又若い男性の店員が古代ローマ趣味の衣装で客寄せをしていて愛想よく
楽しかった。
夕食はフリーだったので近くに手ごろなところはないかと尋ねると、広場の奥のほうにある店を教えてくれた。年齢の似通っ
た8人が一緒になってそこへ行こうとのことになった。
マグナネリ広場の縁石に立って、恰幅のいいハンサムなボーイがニコニコしていた。そこはイタリアンパブで雑多なメニュウ
があった。スパゲティー、色の艶やかな野菜、ビール、その他、大きな一つのテーブルを囲んでワイワイガヤガヤと楽しい気ま
まな夕食会となった。皆楽しい旅仲間になりきっていた。締めて二人で3,500円も安かった。
夕食後、広田夫妻と共にタクシーを使ってリパ・レジデンスへ戻り終日雨に見舞われたイタリアの1日を終えた。
ポンペイ 浴場の天窓
* 15.(C)雨のローマ市内
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