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風次郎の世界旅
 ヨーロッパ・メモリアルツアーin1996
(13)

music by KASEDA MUSIC LABO

 
ヴァチカンのマリア懐胎祭

ヨーロッパ・メモリアルツアーin1996(13)

              ローマ(A)ヴァチカンのマリア懐胎祭とカンツオーネ

               カピトリーノの丘の麓から再びエマヌエレ記念堂を巻いて、市内の細い道をクネクネとバスが進む。運転手は難なく
              裁いているようだが、古い建物の脇を窓を掠めるように行くのは、乗っているものは慣れるまではらはらする。大統領
              官邸の角を曲がり、スペイン広場を見上げたりしながら、暗くなりはじめたローマの街をサンピエトロ広場(ヴァチカン
              市国)へ向かう。
               ガイドの池田さんは「今日のお祭りはかなり大きな催しだから、もしかしたら広場への入場制限があるかもしれない」
              と、不安げにもらす。バスがなかなか近づけないようだ。
               マリア様の「処女懐胎の日の祭」が12月12日に行われる。その夜の催しが今夜サンピエトロ広場に繰り広げられる
              とのことである。
               少し離れた場所にバスを停める事になった。池田さんはバスのドアを駆け下りて人ごみを掻き分けていった。そして
              間もなく帰ってくると、「皆さん入れますよ。ついて来て下さい!」と叫んだ。私たちはホッとして彼女に従う。ここでも「ス
              リにきをつけてね!」と−−−
 
               物凄い人の波だ。サンピエトロ聖堂に向かって左側に皆かたまって池田さんの解説を聞いた。目前に見上げる聖堂
              は薄明かりに高く、気高く浮かび上がっていた。
               広場の中央に建つオベリスクの周りには、すでに人垣が出来てこれから始まろうとしている祭事の到着を待っている
              様子だった。私は、はなとともにサンピエトロ聖堂の大きなドアを押して入った。丁度ミサの最中でパイプオルガンに伴
              われて賛美歌が響き渡っている。右手の通路を進み有名なミケランジェロの彫刻を手にとるように見た。幾つもの礼拝
              堂が回廊に沿って設けられ、それぞれに燭台が点されていた。又、ところどころの懺悔の場所に悩みを聞く牧師の姿が
              あった。
               初めて訪れるものにとって、内も外も、このサンピエトロの威容には度肝を抜かれた感がある。100種類の大理石を
              集めたといわれる見事なドーム。ネロに迫害を受けたペテロの魂を受け継いで、紀元前からこの地に記念堂を建てた
              のが始まりとのことである。コンスタンチヌ大帝の時代に献堂され現在のものは、16世紀ブラマンテに始まりミケランジ
              ェロに至る設計の受け継ぎに基づいて、1603年完成を見たとのことだ。
               カトリックの総本山、ときには世界の良識の取り仕切りをもたらす府に漂う夜気を震撼として受止めたい雰囲気があった。
               聖堂の外では催しが始まった。松明を掲げた信者たちが、長い長い行列を作って中央の入り口を登ってきた。そしてオ
              ベリスクを囲んでグルグルと廻っている。
               歓声の中に火の海が広がっている。焔が揺れてオベリスクを煌かせていた。 素晴らしい光景であった。私たちの仲間
              は時間を延長してこの祭りを眺め続けた。少しの雨が落ちてきたが、むしろ心は熱く私はバスに戻っても、しばらくは感激
              の余韻に浸っていた。

               カンツオーネ

               静かなバスの雰囲気を変えたのは、暗くなったローマの町にネオンの輝きの多い地域へ入ったからだろうか。古い歴
              史建物の保存を大切な政策に掲げるこの街は少し繁華街を外れると真っ暗みたいに思う。しかし、ひとたび人々の集ま
              る華やかな場所に変わると、他人当たりの良い、明るい民族性がふんだんに提供され開放感に溢れた楽しい雰囲気を
              もたらす街だ。人が明るい。
               イタリアに来たらカンツオーネを楽しむに決まっている。ツアーのスケジュールも初日の夕食は「カンツオーネとイタリア
              料理の夕べ」となっていた。楽しみにしていた夕食会である。
               レストラン『Le Grotte Dell'IMPERATORE』はローマの東の端の方になるという。バスを降りて雨になった道路を横切り、
              ここも地下の入り口を入っていった。中ではもう歌声が響いていた。そしてほとんどが日本人の団体で盛況だった。
               私たちのグループは一段小高くなった個室に迎えられた。はなと私は高井夫妻をはじめ、広田夫妻、新潟の新婚カッ
              プルと一緒の席に座った。前菜のスパゲティーを平らげた頃、3人の男性がギター、タンバリンを抱えたやってきた。会
              場が広くてあっちでもこっちでも引っ張りだこだから忙しい。添乗員の2人は心配そうにしている。やっと来たといった感じ。
               私はチップをはずんで、思い浮かんだ「グラナダ」を注文した。頼んでから――ああ、イタリアの歌を先にすべきだったか
              ――と思ったが、3人は声量豊かな見事な演奏を聞かせてくれた。宇都宮から来たという奥の席のおばさんが「カタリカタ
              リ」を注文した。これも素敵だった。もう一曲演奏してもらったと思う。広い会場だからこちらにばかり引き付けて置くわけに
              もいかず、やや期待はずれだった。
               まあ、そのくらいのことはある。ほかのグループの出すオーダーによる歌を聴くのだって悪くはない。
               腹が減っていたから、料理は来るもの来るものぺろりといただき、前菜のスパゲティーをもっと食べておけばよかったと後
              になって思った。ここの食事は時間が限られている。日本流に時間を定めて食事をするということはこういうことかと思った。 
               カンツオーネの弾き語りを予約して、自分たちも歌うとかオプションでゆっくり訪ねればもっと楽しいだろうと思う。
 
                                                     ☆

               昼間のうちに荷物は届けられてあったのだが、私たちは夜の10時にホテルに入った。
               ヴェネチア広場からテレベ川を渡ったトラステヴェレ通りの文部省の前にあたる場所の「リパ・レジデンス」というホテルで
              あった。
               川を渡ると町並みはさらに明かりが少なくなったように感じた。ホテルのエントランスに近い街角にあったバール(日本で
              は飲み屋というレベル)のネオンがやけに目についた。
               ホテルは表通りから一つ入った古い城壁にそって続く通りにエントランスが設けられていた。このホテルも滞在客向けの
              ようでキッチンのついた広い部屋だった。

  
カンツオーネ・ディナーでの演奏

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