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3日あったパリの朝を、初日はシテ島まで小雨の中の散歩で過ごした。
2日目は、好天に促されて長距離ランナーの練習のようにコースを決めて走った。
前日観光で目の当たりにしたシテ島に下り、パリの警視庁へ(日本の警視庁の警部であるポンユウKへの土産話にしたくて)。
そして三度ノートルダムを眺めた。それからパリの市庁舎を見に行った。さらにポンピドウへ向かい風変わりな配管を想像さ
せるような建物(ロンドンのロイズと同じピアノ・ロジャースの設計)を眺めつつ、見学する機会を得られない早朝を嘆き、それで
も国立の友人、カメラマンのOさんから聞いたその近辺にあるというとんこつ料理屋を、昼にでも寄ろうかと思って探したりした。
ポンピドーの脇の小路をはいったところだと、地図も書いてもらったのだが行き着けなかった。残念!
ポンピドー広場の片方にあった教会を覗いてから再び大通りへ戻り、ボンヌフ橋を渡りサン・ミシェルからカルチェラタンを通
り抜けて、ゆるい坂道をイタリア広場に戻った。約12kmのコースになっていた。
パリを走るのであれば、「セーヌ川のほとりを川面を見ながら走ってみたい」と、思っていた。
私には“パリ”という言葉の響きから連想する世界があり、そのなかで美しい建物の並ぶ街と共に、それに対応する牧歌のイ
メージが並存していた。それが川であった。現実の印象は違ったものではあったが、心中に宿り育った想像からのイメージは
なかなか捨て去れるものではない。
コンコルド広場あたりに泊まってそこを出発し、シャンゼリゼから凱旋門を周回して、シャイヨウ宮からエッフェル塔を正面に
見つめて進み、セーヌの向かい側の岸をシテ島を回って帰るコースなんかを夢見ていた。そんななかにさえ牧歌を夢見ていた
のだ。おとぎ話のように。
頭の中ではセーヌ川だけが別世界だった。絵画からもたらされた影響だったのかもしれない。
前日の観光コースで通ったことで、川辺のルートを眺めることだけは達せられたような気もした。しかし川辺を走ることには拘
りがあった。
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3年後にスイス・ジュネーブのコロナバン駅からPGAに乗ってリヨン駅へ着きパリ入りした旅で、シテ島から下流の川辺を走る
機会を得た。
丁度10月の半ば、木々の葉の色づきが始まる頃、暖かなむしろ緑のパリの朝、セーヌの風を感じながら堤防の上を走った
思い出がある。それで一部は実現した。
しかし、この初体験の旅ではセーヌのほとりを走ることは満たされぬまま終わったのであった。
その後も市の中心部にあたるセーヌ川のほとりは走っていない。
今(2003/12)も憧憬は次の旅への期待となって残っているのである。
―――
3日目、最後の朝は前夜ムーランルージュで楽しみ床に就いたのが午前1時になっていたので無理もできないと思っていたが、
5時には目が覚めてしまった。結局起き出して初日に通ったモンパルナスの交差点へ向かってみた。
ホテルからメトロに沿った通りをオルリー空港行きのバス駅まで行き、ラスパイユ通りを下っていくと、モンパルナス通りと交差す
る。印象に残る美しい交叉点だ。
そこでは20世紀当初の頃、この界隈に集ったシャガールやモジリアニ、ピカソといった画家に始まり、音楽家ストラヴィンスキー、
特異な思想家レーニン、そのほかコクトーやヘミングウェイ等の文化人が往来したと聞く。
その当時の賑わいの何がしかが糸を引いて残されていそうな気のする街角を、しっかり見ておきたかった。
朝の街角はただ静かなたたづまいではあったが、私は満たされて、つづいて隣接する墓地をも訪ねてみた。
早朝の墓地はまだ眠っていて、恐怖感さえ寄せてくるほど暗く重い雰囲気ではあったが歩を休めて静かに進むと、丸びた墓石や
家の形の墓など大小の区画に整然と続いている。サルトル、サンサーンス、モーパッサン、ボードレール幾多憧れる人々の魂が眠
っていることを思うと、胸が穏やかなはずも無かった。
懐かしい経験である。
パリでは、さらにその次の旅の時のことを付け加えておきたい‐‐‐
前記のように、スイス経由でPGAに乗って夜中にリヨンに着いた旅だった。
リヨンの駅に11時半に着いたパリ再訪は、友人O氏夫妻と一緒にドイツのライン河下りを楽しんだ旅の延長だった。
この時は2泊、たまたま宿がパリの北東Professur Andre通りの大きなビジネスセンター兼マーケットが経営しているホテルだった。
そこはスーパーマーケットも付属したビルの1棟がホテルになっているということで、地域の人々の素朴な姿にも触れることが出
来そうだと期待していた。だがこの点に関しては、数時間センターで過ごし、スーパーで庶民の商品志向を見たり買い物をしたに過
ぎなかった。
しかし、走ることでは時を惜しむごとく、ナッション広場、バスチュウユ広場を経てシテ島まで走って朝を過ごしたのだ。
再び、久し振りにパリの街並に紛れ込んで“やっぱりパリは美しいなあ”とつくづく思いながら走った。
ドイツやスイスの山間の自然に浸り古い町を眺め続けたあとだけに、大型で整備された計画的建築の都市を再見して、憧れに
目覚めたような感覚に至ってしまったと思う。
そのときの2日目には、思い切ってリヨン駅まで走って下った後、セーヌの川辺へ出て左にスポーツセンターを見ながら土手の
上の道路を上流に向けて走ったのであった。
天気の良い日がつづき、10月始めのパリは秋そのもの。緑濃く日中の陽射しも爽やかだった。
セーヌ川沿いを走ることはそのときはそれで一応の満足を得たのであった。
そのときも、観光のほうは抜け目なく初体験を求めた。
セーヌのクルージングも O氏夫妻と語りつつ、午後の陽を浴びてたっぷり楽しんだ。前の行程でドイツのライン川下りを済ませ
てきたので、船旅に関連して、船上で受ける風に旅の思い出を語るにも優れた時であった。またその後、シャンゼリゼのレストラン
L'Alsaceでルーム貝のディナーテーブルを4人で囲み、そこが3年前後ろ髪を引かれた処である事を思い出語りしたり、夜はパリ
のもう一つの有名レビュー「リド」へも向かったのである。
いつも、いつ行ってもその美しさに魅せられるこの街は、いずれゆっくりとのんびりと過ごしたい、私たちに滞在型の贅沢な旅が
許されるときが来るのかどうか解らないが、暫しの時を携えてこの望みの叶えられる機会を願っている。
00/10 O氏夫妻とはな(シャンゼリゼのレストラン)で