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風次郎の世界旅
e9 ヨーロッパ・メモリアルツアーin1996
(10)

music by KASEDA MUSIC LABO

  
凱旋門に向かってシャンゼリゼを歩く

ヨーロッパ・メモリアルツアーin1996(10)

パリの印象(D)シャンゼリゼとムーランルージュ

                 ルーブルからメトロでラ・ファイエットへ行った。メトロもだんだん慣れてきてこちらの態度が落ち着くと使いやすさが
                身についてくるような気がした。
                 日本を発つ時に、他人から日本の店も入っているデパートがギャラリー・ラファイエットだと聞いていたので気楽な
                買い物をしてみたいと思っていた。駅から地上に出ると賑やかな交差点の角に大きなデパートがあった。壁に垂れ
                幕を下げて、日本のデパートと変わらぬ風情だった。1階に松坂屋があり日本人の店員がにこやかに迎えてくれた。
                 少々の買い物をしたあとそこに荷物を預けて、店内を巡ろうということになった。はなはファッションのフロア―に向
                かったが私は行く場所の当てはなかったので、ひとあたり上から下まで歩いてみた。
                 店内は人の混雑もあったが、通路が狭く(日本の有名デパートは広々、ゆったりだが概して他のどこの国でもデパ
                ートの通路は狭いように思う)レイアウトも整っていない。比較的空いていた6階の文房具売り場で英語の話せる年
                配の女性店員と、何か記念に良いものはないだろうかと話していると、「STYPEN」という地元メーカーの万年筆をお
                いてあると言うので見せてもらった。シャフトに木の葉の模様の入ったカートリッジ式のエレガントな感じにひきつけら
                れて買うことにした。スペアインクを一箱つけてもらったが、後々ウォータマンのもので代替が利くことがわかって、今
                でも愛用している。
                 松坂屋の店頭でギャラリーのロゴ入りの帽子をくれたので、早速午後の陽射し除けに被って歩くことにした。これも
                良い土産になった。
                 買い物をすると惰性がつくのか、はなはルイ・ヴィトンへもいきたいと言い出した。私は自動車のショールームを見
                て歩きたかったのでシャンゼリゼに戻る予定だったから“よし、いそげ!”とメトロに乗った。
                 シャンゼリゼの真ん中、フランクリン・ルーズベルトで降りて少し南に下る通りが世界のブランド店の軒を連ねると
                ころである。ルイ・ヴィトンはシャンゼリゼからちょっと入ったところにあった。何と日本の人でいっぱい。店員の対応
                も懇切であり、順番待ちが長く、とても急ぎの買い物など難しい。やむなく、一通りの店内視察で済ませることにした。
                 ルイ・ヴィトンは“そこで買って持って帰ること”が何よりも価値あること(絶対本物)だと後日聞いたことがある。なる
                ほど記念とはそういうことなのか。

                午前中から歩いているから、疲れても来た。しかし、天気が良いので外はとても明るくて気持良い。それにシャンゼリ
               ゼを歩くのは、折角のパリの一日、おしゃれなひと時になると思う気に誘われる。それは私たちには世界の一流ブラン
               ド品よりも大切な記念だ。
                斜めになってきた陽に、枯れてはいるがまだ少し葉をつけたマロニエの舗道を、私たちは凱旋門を見つめながら歩
               いた。
                店の並びは銀座のような感じだったが、シャンゼリゼにはごった返す雰囲気はなく、ゆったりとした感があった。散歩
               気分も楽しめるものだった。
                幾つかの交差点が国際通りを思わせるに相応しく、それぞれの地域を区分している感じだった。華やかな度合いで
               はラコスタの店が目立っていた。
                自動車会社のショールームは沢山はなかった。私の職業意識そのものによるのか、日本の会社のものはもちろん
               目立ったが、トヨタのものだけがこのシャンゼリゼにはなかった。(トヨタは97yシャンゼリゼに外から移転している)
                左手にルノーの店があった。並木の下からフロントを見ていると、これはまた大変スタイルの良い、そして顔立ちの
               美しい青年が会釈で客を迎え入れていた。確かな目立ち方だった。後々、今でもいままで私が会った男性では彼が
               世界1だと言えるほどの男前だったと思う。これははなも同意見だ。
                ルノーの店構えは気張ったところのない独特の端正なデコレーションを取り入れたものであったが、間口の広さも伴
               い周囲の群を抜いた良い雰囲気であった。当然のように私たちは惹きつけられたその青年に会釈を返し、入り口に向
               かった。
                「Please come in. You are welcome.」
                声も美しく微笑する彼。黒いスーツをピシッと着こなした金髪、しかも英語で案内してくれた。素晴らしい。さすがフラン
               ス。これぞパリ。そして「さすがルノー」とつづけたいほど。
                フランスのもう一つのメーカーグループ「シトロエン」にも寄ったが、ルノーのこの印象にはとても適わなかった。私も降
               参した。あれほどルノーの車が美しく見えた日はなかった。美しい男性のエスコートに(男でも)“これぞ“商品”だと思った。
 
                ルノーを出てから、再び凱旋門へ向かって歩いた。歩道の脇に格好なレストランが目にとまり、外のパラソルの下の席
               が空いていて、気が靡いたが、陽が傾いていたので次の機会に来る場所にしようとマークして先に進むことにした。この
               店には3年後にふたりで夕食に寄る事になったが、私たちにはお茶を飲む間も惜しんでシャンゼリゼを歩いた懐かしい
               思い出を呼ぶ店である。

                凱旋門の巨大なサークルに着いたときはもう陽が落ちてしまっていた。
                ガイドから門の直下にたどるのも、また門の上に上るルートを見出すこともなかなか難しいと聞いていたがその通りだった。
               地下道を歩いているとちょうどメトロの入り口に行き当たったので、私たちはそこからグラシールへ戻ることにした。
                モンパルナスを過ぎてメトロが地上を走るようになると、沈みきった夕陽の明かりが、遠くつづく街並の向こうの空を赤く染
               めていた。
                メトロの切符もちょうど使い切ってパリの街で過ごした1日に満足感があった。
                グラシールの駅に降りたときは、もう暗くなり始めていた。
                駅前のスーパーが通勤帰りの人を集めて賑わっていたので、私たちも入って明朝の食事にするパンと果物を買うことにした。
                市民になりきったような気がして楽しかった。行列に並んで、マフィンとぶどうの房を2つづつ、それに瓶入りのジュースを買
              った。やはりフランス語は通じなかったが、黙ってフランを出しておつりをもらいシャーシャーと出てきた。これでいいのさと思った。
 
                                             ☆

               夜のムーランルージュヘ行くグループからの参加者は4人、H 氏夫妻と私たちだけだった。大型バスは途中コンコルドホテル
              に寄り、他の客を乗せて向かった。
               クリスマス飾りの施されたシャンゼリゼは、昼間と打って変わってキラキラとライトアップが美しく、また、エッフェル塔のゴール
              ディシュな輝きも夜の華麗さを加えて、絶景である。街は車、車、車の洪水。そして人、人、人。その中をバスは渋滞に苦戦し
              ながら進む。どこの国も都心の夜の交通渋滞は当たり前らしい。ムーランルージュに到着した時は8時を少し廻っていた。
               「寒いですよ。混雑するからスリにご注意を。帰りは風車の下で。トイレはチップが必要。」とガイドから言い聞かされる。
               よく考えてみれば、これらのちょっとしたアドバイスがどれほど効を発しているか、成る程と思わざるを得ない。全くプライベー
              トで1日歩いてみると、他人のサポートの有り難味はとても良くわかる。フランス語にしてもトンと見当がつかないんだし――。
               中へ入ってから席を立ってトイレへ行ってみた。トイレそのものは変わりはないが、離れたところから見ると、貴婦人のよう
              な人が(トイレおばさんと呼ばれて)トイレの通路に陣取っていて、脇のテーブルに置いた皿にチップを催促している。一瞬“こ
              んなに若い人が?”と戸惑いつつ、 “おばあさんと聞いていたが‐‐‐”と近づいてみると、やはりそれはそれかなりの高齢で、
              見誤った自分にショックを受けてしまった。
               それはそれとして、はたしてこの「チップ制」なるもの、日本などのシステムと比べて良いものなのだろうか? 美しい人に会
              えるとそれはマナーも良くなるのではあろうが。しかし、煩わしい。

               席は舞台のほぼ正面左よりであった。フロア‐が2段になっていて2段目に近い所、良い席であったが何と狭い座席だこと。
              横も前もビシッと密着していて、ウェイターが良く物を落とさずてきぱきと出来るものだと感じたくらい。割合スリムだと思って
              いる私が思うのだから、サイズの大きい外国の人々は大変だ。
               ディナーの間は、ステージにバンドが出てきて軽音楽やポピュラーを演奏していた。日本人の入りも多いと見るや「上を向
              いて歩こう」などの演奏も定番のようである。
               シャンパンを皆で飲んだ。臨席の外人の客の中には、狭いフロア‐でダンスを楽しむ者もあり、場は盛り上がって和気藹々、
              つぎつぎに運ばれるフランス料理も美味しかった。
               ショーは10時から、さすが世界に誇るもの。選りすぐられた美しいスターの創りあげる舞台。場繋ぎに間髪を入れぬ展開
              のショーはこれまでにない感銘をもたらした。
               ロートレックはこの劇場に通いつめて魅せられた踊り子の絵を描いたのだ。いくつかの直筆が惜しげもなく客のすれ違う
              通路の壁に掛けられていた。私も踊り子には魅せられたが、本格的なレビューショービジネスは何故日本ではだめなのだ
              ろうか。

               12時を過ぎたパリの夜をホテルに帰る頃、一時のパリ滞在の思い出に終止符を打つ嘆きのごとく、ネオンは冬空にます
              ます輝いていた。


ムーランルージュ 

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