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序章
楽しい旅だった。天気に恵まれた。仲間が出来た。
風次郎はS損害保険会社に勤務していた。前々から妻はなとは、少し仕事が楽になったら、まだ行ったことのないヨ
ーロッパの旅をしようと約束していた。
あの時がヨーロッパ初めての旅だった。ロンドン、パリ、ローマ、ジュネーブ。
もちろん、一度に多くの都市を巡ることでは、それぞれの都市の、街の良さを掴むことはできなかろうが、ひととおりの
ヨーロッパを知りたかった。
それにロンドンでは長年勤めた損害保険業界では原典とも言うべき「ロイズ」を訪ねられるかもしれない。損保マンに
とっては巡礼とでも言えようか。
現役を終えた翌年、そのチャンスが巡って来た。
都合11日間、現役を終えたと言えなかなか休みが得られない日数であるが、そこはそれ、このタイミングに自己主張
を通すと言うか、趣旨を情けに訴えて予定を組む事に成功した。
風次郎の初めてのヨーロッパに対する期待は大きかった。比較的解り始めていたアメリカは歴史の浅い国、それに引
き換えヨーロッパは古い歴史の上に多くの困難の歴史を重ねて、栄え、近代化された都市が多い。それがどんなものか、
当に百聞は一見に如かず、を膚で感じたいものだと思った。
パリは目の当たりにしてこそ花の都と言われる美しさを認められる、と聞いていた。イタリア人の気性の明るさはどうし
て生まれるのかも、行けば解るのだろうかと―――。また、会社の国際部の好意で、ロイズへは現地駐在員が案内して
くれることになった。
ジュネーブをなぜ加えたか。それは、日本人として、太平洋戦争に矛盾の夢を追い、或いは余儀なく戦いを求めて破れ
た国の民ではあるが、第一次世界大戦の所産を世界の平和に向けて日本が描いた国際連盟という歴史の夢の跡に臨
んで見たかったからである。
戦争は人類の最も醜い“生きざま”である。戦後に生き、辛うじて60歳の峠を越えた風次郎は、満州で生まれた時から
戦争との因縁を身の回りに持ちつつ時の流れのなかに漂っていたような気がする。
風次郎の心の傷は消えないだろう。が、日本人には世界で最も優れた「人々を平和に導く心(和の心)」がもたらされて
いると信じているのである。
ヨーロッパの冬は陽のある時間が短いが、反面夜の楽しみ、美しさを求めれば冬が良いと思う。もちろん12月に入れば
クリスマスに因んだ街の雰囲気の盛り上がりが覗えるということになろう。季節的には空気も澄んでくる。
私達は、それこそ人生の休日として、ヨーロッパ有名都市とスイス・アルプスへの旅を求め、JALパックを買い参加するこ
とにした。
旅行日程は、
平成8年(1996)12月3日12:50成田発、 帰国は12月13日 15:10成田着。
ロンドン2泊、パリ3泊、ローマ2泊からスイスのジュネーブに移り2泊、アルプスに上ってモンブランを眺めてくるスケジュー
ルであった。
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長年勤務した損害保険業界の原典Loyds
を訪ね玄関で守衛との記念撮影
――この旅は風次郎の会社生活卒業旅行でもあった――