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風次郎の世界旅
 中国旅の思い出
(5)

music by TAM Music Factory

          
        花園酒店の豪華なフロントロビー
     

      中国旅の思い出

                    5.広州

                                  桂林両江国際空港を発ったのが夜の10時過ぎであったから、1時間のフライトで広州白雲国際
                                空港に降り立ったのは11時を廻っていた。市内にあるその日の宿泊ホテル花園酒店(THE GARDEN
                                HOTEL GUANGZHOU)へバスで直行して急いでベッドに入った次第である。

                                 ★花園酒店
                                 翌朝のスケジュ―ルは終日自由行動になっていたが、私達はオプションで経済特区深センへ連れ
                                て行ってもらうことになっていた。その出発は13時だったのでゆっくり朝食をとってホテルの近
                                くを散策して過ごした。
                                 五つ星の繁華な花園酒店は、環市東路に位置しており、国際レベルを有するホテルとして、広州
                                市花紅棉を誇らしく店のバッチとしている。ビルは長いアーチ型構造をした建築で、花園ビル(副
                                ビル)と形を並べて二つの超高層建築が、緑の花園の間に聳え立っている。シンガポール航空、マ
                                レーシア航空など外国航空会社がここにオフィスを構えるほか、日本の総領事館をはじめ日系企業
                                のオフィスも多くがここにあると聞いた。
                                 私達が利用した後にも増改築が行われ、現在では敷地面積が 4.8万平米あり、ホテルのビルは30
                                階で、高さが 107メートル、頂上の階には広州最大の回転レストランがあり、客室1112、併設の花
                                園ビルは21階のマンションとオフィス、又千人を収容できる国際会議センターを備えて、中華西洋
                                レストラン、花園ファンタジーシティーと銘打ってさまざまなサービスアイテムと充実したエンタ
                                ーテインメントが催されているということである。
                                 今(これを書いているのは)は2月であるが、丁度彼の地で2016年迎春花市の祝いイベント
                                が行われ、4日午後7時、花城広場では子供の朗読が聞こえ、迎春花市の花壇と吉祥木のライトが
                                点灯されたとのことである。そして、2月5日から、市内11区の伝統的な迎春花市が開催され、
                                見所が多い迎春花市イベントは毎夜の花城広場の灯光コンサートも含め元宵(2月22日)まで続
                                いたと知人から聞いた。

                                 私達が彼の地を訪ねたのは6月だったから、ホテルの近くの好世界広場と呼ばれる広場では、農
                                産物や雑貨などが持ち込まれて青空市が賑やかに繰り広げられていた。広州はもう亜熱帯なので、
                                それらしい南国の果物が籠に無造作に盛られていたり、茣蓙に広げられた色鮮やかな花が沢山あっ
                                た。
                                 広場の先に、ローソンの看板があったので入ってみると、15坪位の広さの店舗は現地人が入れ
                                替わりで随分流行っていた。日本のように棚がきちんとしている訳ではなく、昔の雑貨屋のように
                                食品から、家庭用雑貨類が所狭しと積み上げれれている。食料品も野菜からパン、肉類、酒類まで
                                あった。興味深く紹興酒を手に取ってみると、同じ銘柄のものがホテルの値段の半値で売られてい
                                ることが解った。後で聞いて、日本人観光客の行く店の商品は、ほぼ倍額の値段で売られているの
                                が普通とのこと、やれやれと思った。
                                 表通りから少し入ると食堂と雑貨店があった。日本にもまだ田舎にあるいわゆるしもた屋風な風
                                情の商店街だった。

                                 広州市(Guangzhou/Canton)は、中華人民共和国広東省の副省級市で、広東省人民政府が置かれ
                                る省都である。
                                 広東省のみならず、華南地域全体の経済、文化、教育、交通などの中心都市の一つであり、国務
                                院により、国家中心都市の一つに指定されている。2010年の常住人口は1,270万人、市内総生産は1
                                兆0604億元(約13兆円)であり、昔から「羊城」と愛称されたが、「花城」、「穂城」の名もあり、
                                穂(Sui)と略称されることもある。現在では地下鉄、高速道路網が発達し、国際レベルである。
                                 2014年、アメリカのシンクタンクが公表したビジネス・人材・文化・政治などを対象とした総合
                                的な世界都市ランキングでは、世界第66位の都市と評価された。
                                 中国本土では北京市、上海市に次ぐ第3位である。
                                 古代の百越の地。秦の始皇帝が中国を統一して現在の広州に南海郡番禺県を設置したのがこの都
                                の始まりである。秦帝国の崩壊後、漢人官僚・趙佗が南越国を樹立して自立したが、前漢の武帝に
                                よって滅ぼされた。漢代には交州に属し、三国呉が広州を分置したのであった。
                                 古代から中国の南海貿易の中心地として発展し、唐代半ばの741年には最初の市舶司が設置され、
                                多数のイスラム教徒やユダヤ人やゾロアスター教徒が訪れたことから、外国人居留区である蕃坊も
                                おかれたが、アブー・ザイド(Abu Zayd Hasan As-Sirafi)の『東邦誌』によると、 878年の広州
                                大虐殺でコミュニティーが消滅した。唐末の黄巣の乱に際して襲撃を受けて多大な打撃を受けたが
                                復興し、五代十国時代には南漢王国の首都となっている。
                                 海禁政策を取った明代でも広州は南海諸国の朝貢船入港地となり、清代半ばの1757年からは広州
                                のみが対外開放されて欧米諸国と広東貿易が行われ、近代に入り西欧列強の圧力に屈するまで続い
                                た交易の都である。
 

 
広州市内ビル街の様子

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