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ひと時の眠りは、去り難き余韻に惹かれるが、次の行動の活力を蘇らせてくれる。顔を洗って爽やかにフロント
に下りた。バスでバイワードマーケットの近くにあるレストランでの夕食に向かう。
場所は今日オタワに到着してバスを降りたところのすぐ近くだった。宵闇が迫って、灯りの点された街には夕方
の買い物客がまだ繰り出していた。広い通りの舗道に建てられた民芸調のトーテムポールがニョキットその人込
みを見つめている。気持ちのよい秋の夕暮れ時だった。そのトーテムポールの建つあたりにオタワ・スクール・オ
ブ・アートと記されたやや背の高いビルディングがあり、そのビルの下のレンガを敷いた通路を少し中へ入ると、
洒落た回廊つきの中庭の向こうに、レストランの入り口があり灯りが燈っていた。
私達は西東京市から参加している指村さんご夫妻とテーブルを囲んだ。ご主人はちょうど私と同じぐらいの年
恰好だったし、ほろ酔い加減から出る屈託の無い語り口には優しさが溢れていた。定年後の悠々自適を楽しみ始
めたところだと、あちこちの旅の思いや経験を話された。私も2〜3の印象深かった思い出を披露したりして楽しい
談笑の時になった。
旅の良さは、人による。人と人の出会い触れ合いが好い旅、悪い旅を分けると言ってもよいだろう。そして、その
時々を、触れ合った人と共に好い思い出にしようと創り出していくのも旅であると思う。
指村さんご夫妻も私達もこのグループは皆そんなことをわかっている人達で良かった、と感じ方も一致した。
そのレストラン「The Fish Market Restaurant」は、ガイドブックにも載っている有名なところらしかったが、豪勢な雰
囲気は無かった。それはむしろ私達には寛ぎ易かったし、メニューのシーフードは私の口には合った。多分に雰囲
気良く、楽しく戴いたことに因るとは思っているが、この旅では印象に残る夕宴だったと思う。
夕方一眠りしたせいか、ホテルに戻ってもとてもゆったりした気分だった。ホテルはコンフェデレーション公園からリ
ドー運河に沿ってクイーン・エリザベス・ドライブウェイを少し南下した国立自然博物館の近くにあった。私たちの部屋
は丁度フロントの上あたりになる2階で、窓辺はQ・エリザベス・DWの背の高い楓並木のつづきに囲まれて、ガラス
越しではあるが森の中にいるような風情を漂わせている。
私は窓辺の椅子にかけて、初めて訪れたカナダの首都にいる自分を思った。
メープル街道を燦燦とした秋の陽のなかでひた走り、訪れたオタワもまた予想を超える美しい街だった。その街を
午後の陽射しが、またまばゆく照らし、朱に染まった木々の葉が、青空とオタワ川のともに澄んだ青の間に、丘の上
に聳えるゴチック建物を取り囲んでいる。
パーラメントの丘で、向こう側はオンタリオ州、河のこちら側はケベック州。ここはフランスの心と、イギリスの心があ
ちこちに生きている。イギリスによって統一された経緯から、オタワもエリザベス2世の名残の地。カナダ全体に英国
調の文化の漂いは多いが、この街オタワの美しさの構成はフランスを意識したものであろうか。街で受ける美しさの
感じはパリの雰囲気と通じているようにも思える。自然との調和は、パリとマロニエの関係を凌駕しているとさえ思える。
自然の美の恵みを浴びるほど戴いた秋のこの街は、人間の作り出したゴチック調の建物が、森の中で、自然のそえ
る赤、黄の艶やかな装飾をもたらす木々たちに良く溶け込んで、先に掲げた青におさまる「絵」そのものであった。
ナイアガラの雄大な水の演出も、この素晴らしい自然の色彩の中で楽しんだが、トロントからセントローレンス川の畔
をまさしく秋たけなわの木々の美装の中を走り抜けてきた。今日、オタワの秋、人と自然の織り成す造形美の絶頂の中
にあった。
この日もまた、午後の陽に映える楓の木の下にたたずんで、数枚の色鮮やかな落ち葉を手にし、今またガイドブック
の間に挟んでみた。
この胸に得た感動の余韻を少しでも留めておきたいと思った‐‐‐。
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オタワの美しい町並みと公園をそのまま後にするのはもったいないことだと思った。
翌朝、私は5時過ぎると起き出して、いつもの日課と同じように散歩にでかけた。空を見上げると月は煌々と照り、な
のに街の中の空とは思えぬほど星座の数々が見えて、今日も好天であろうことを告げている。
ホテルの前の街路樹の下を50mも行くとQエリザベス・DWである。その向こうはリドー運河、その辺には公園のよう
に舗道がつづいている。こちら側のQ・エリザベス・DWばかりではない。両岸沿は見渡す限りメープル並木が続き、立
ち並ぶ街灯の光を程よく受けて穏やかな輝きを魅せているようだった。
私は川下に向かって左岸に立っていることになる。
遠く橋の影が運河を渡っており、その向こうには2つばかり背の高いビルディングが並んでいる。おそらくリドーセンタ
ーであろう。
並木道の脇にひとつの教会があった。彫りの深い彫刻で正面を飾った建物の先は、通路がアベニュウと言うにふさわ
しいカーブを描いて橋につづいていた。
しばらく進んでその大きな橋を越えていくと、うすく光る川面の上に影絵のような一塊の街があり、その向こうには昨日
訪れた国会議事堂のゴチックが、これもライトアップされて淡く光って見えていた。橋はローリエ・アベニュー・ブリッジと
マッケンジー・キング・ブリッジ、その間左岸は広大なコンフェデレーション公園である。
橋の袂から公園に降りていくと、土手を背にした段丘に市民の憩う姿をした4人を形作った大きな人形が運河を向い
てポーズしているのであった。
私は橋を渡り、対岸に着いて、今度は袂から螺旋状に造られた階段を降りてカンフェレンス・センターのほうへ歩いて
いった。岸辺には観光用の小船やボートが、朝の静かなひと時の休みを過ごしているように漂っていた。
ウェリントン通りとリドー通りを結ぶ大きな橋に立つと、丘の上の議事堂は間直に輝いて見えた。橋を越えてやりすごす
と、そこはシャトー・ローリエ・ホテル。これらの道筋は今、すべて色づいた楓の並木に囲まれて、ふんだんに配置された
照明に照らされている。
人の動きの少ない朝の静けさの中で、一人で眺めるのは勿体無い程の美しさを思ったのであった。
対岸を歩き、国立芸術センターの脇から再びリドー運河の畔をホテルに戻る頃、白んだ空はうすく青を含みはじめてい
た。
風の無い穏やかな日が始まるのがわかった。
風次郎の集めた紅葉(4)