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風次郎の世界旅
 カナダの秋
(10)

music by KASEDA MUSIC LABO

         
               ロレンシャン高原へ向かう道中のドライブインの感謝祭デコレーション        

10.ロレンシャン高原へ

                  8時にバスに乗り込み、懐かしいほど美しさに魅せられたオタワの街を後にして、オタワ川に沿って走っていた。
                  その頃、朝の濃い霧が立ち込めて、町を離れるのに渡らねばならない橋の上から見る建物はおぼろげであった。
                  霧はこの街との別れを名残惜しさゆえ閉ざすように、深く濃く約1時間も続いていた。風が無かったせいでもあろう
                 が、その幻想的な世界は鋭い造形の輪郭や華やかな色をぼかし、その効果が私たちのオタワの印象にもうひとつ
                 の風景を加えることになった。
                  静かに時は移り、やがてバスは森の中を抜ける道路へと移っていったが、霧はしばらく続いていた。霧の上に青空
                 が開いて来た頃、再び車窓は艶やかな紅葉を映し出した。
                  まるで夢うつつの世界だったような霧の中の紅葉を抜け出て、再びクッキリと見え出した車窓の木々には、黄や朱
                 のなかに常緑の松や樅の木が紛れ出していた。松の木も私たちが日本で見る松とは少し違って、真っ直ぐな幹のも
                 のが多く、また樅と同じように相当な高さまで伸びていた。
                  しだいに山の木は楓の朱に混じって黄の量が増した。それは、木々の間に白樺が登場して、その割合が次第に増
                 してきたからであった。白樺の黄の葉色は、日本の私の故郷富士見の町でも見られる懐かしい黄である。楓にある
                 黄よりややうすく、また白樺の葉は厚みも少ない。それが幹の白とも連れ立って爽やかだが、こちらの黄色はやや
                 渋い感じに思われた。この白樺の黄はロレンシャン高原でも同様であったから、山地の原生であろうか。
                  私たちを乗せたバスは、道中のドライブインで休憩の後、2時間におよぶ艶やかな山中を抜けながら、すっかり青
                 空の下と変わったロレンシャンへの道を快適に走って行った。

                  ロレンシャン高原のモン・トランブランの村に到着した。
                  そこは数100Kuにおよぶモン・トランブラン州立公園の一画で湖の風光と、トランブランの山を取り巻く4季にわ
                 たっての自然を謳歌する観光地帯である。開発されたリゾートでは個人の別荘は勿論、さまざまな宿泊施設が整い、
                 その瀟洒な姿を陽に輝かせていた。 村の中心地はスキー場の麓に、或いはスキー場に並んで建てられたお洒落な
                 コンドミニアムや銀行、郵便局等公共施設を含む商店街約200軒が坂道に並んでいる。バスの駐車場の近くの広場
                 にはイベントのための大きなテントが幾つも張られて、催しものの準備をしているようだった。
                  しばらく休憩の時間があったので、私ははなと一緒に坂道を上がって行った。坂道にもところどころに広場があり、
                 休憩用の椅子が並べられ、ゆったりと構えた老人の姿やファミリーで寛ぐ人々が日光浴をしながら時を過ごしている
                 様子が目立った。
                  ゆったりと人の休むコンドミニアムのデッキを眺めるのも、心が休まるものだなーと思った。
                  時の流れに身を委ねて過ごす、リラックスの象徴を見るような思いが、しかもそこに、溢れる秋の陽射しの豊かなる
                 こと。そこの在る人の心も豊かのように思える。
                  もしそこが曇って、風の当たる時の場所であったとすれば、それは憂いの構図と入れ替わるのかもしれない、がそれ
                 はまた、それなりきにストーリーを思い起こさせて楽しいだろう。印象は受け止める人の心によって左右される割合が
                 大きい。この美しく飾られた造形と季節の中にいて、果たして憂いの構図など描かれるまいと思うほど、優しい安堵の
                 世界を見たような気がした。
                  人生の停車場のひとつはリゾートのデッキ、いや家庭にあったとしてもそんな雰囲気の寛ぎこそ好もしく感じる所以と
                 なるのであろうか。

                  銀行に寄ってみた。両替の窓に$、フラン、カナダ$、それに日本円の表示が並んでいた。ここはケベック州。仏語圏
                 の有名観光地だ。日本がここにも代表的な観光来客の一員として存在感があるのだ。
                  坂道の途中に可愛らしいキャンディーストアーがあったので、つい一休みして丸い飴を口の中でコロコロさせながら歩
                 いた。

                  11時30分に集まって、みんなでトランブラン湖を船で周遊することになっていた。湖上からの紅葉の眺めを楽しみなが
                 ら、お弁当の時間を過ごそうということである。100人乗りぐらいの遊覧船には私たちのグループのほかにもう一組の日
                 本人観光グループと西洋人達だった。対岸まで見渡す湖面は穏やかで真っ青な空を映していた。滑るように湖面を渡り
                 ながら紅葉の輝きに囲まれて一周を巡る。湖岸の別荘は小さな紅葉のうねりに見え隠れするくらいの大きな敷地に、美
                 しく手入れが施されていた。
                  窓辺のテーブルに配られたのはツーリストの配慮による日本のお弁当で、海苔巻きおにぎりだった。これもまたハイキ
                 ング気分を味わいつつ美味しく戴いた。 

トランブラン湖上から

                   船をおりると、自由時間であった。
                   私たちは村の入り口から再び坂道を登りきって、スキー場まで行ってみた。そこからトランブラン山の頂上の方を見上
                  げると、ゴンドラの施設の先はゲレンデを囲む紅葉の林が続いており、登山道のように歩いている人たちの姿があった。
                   私たちもその列に惹かれる様にその列に加わり林に入っていった。ゲレンデの脇の道路は思ったよりも変化に富んで、
                  上り坂も厳しく感じた。道は手すりをつけてジグザグにしたり、木の根に休憩用の椅子を設けたり、楽しめる散策道路の
                  ようなコースになっていた。
                   すこし登ったところには、大きな黒い岩の突き出しがあって、かぶさるようなメープルの枝をかすめて流れ落ちる細い滝
                  があった。
                   滝を眺めながら、午後の陽射しの中で木々を渡る風のそよぎに涼しさを感ずるほどの運動になった。楽しかった。ベンチ
                  に腰掛けて、メープルの舞い落ちる中、いく筋かの滝の流れを見るのはとても爽やかだった。はなは「大きなナイアガラの
                  滝とは随分違うけど、可愛いのもいいわ!」と言った。私は“違いすぎるわ!”と思ったが、ただ可笑しくて笑った。それに
                  つけても一汗ぬぐうには格好な眺めであった。
                   休んでいる私たちの脇を通っていく若い人や、老人や、いろいろな国の人たちが、それぞれに、腰を伸ばしたり、手すり
                  に手をかけたりしながら、お互いに滝についての会話を交わしていった。そして皆最後には笑いを残していった。
                   滝の上には滝に続く小さな谷があり、手摺をつけた橋が架かっていた。その先はもうゲレンデの中腹のようだった。林を
                  出て見上げると、このゲレンデの上にはさらにゲレンデが続いているのが見え、さらに高い丘の上にヒュッテのあるのが見
                  えた。
                   下にはモン・トランブランの村が一望できた。昼に遊覧船に乗った湖も村の向こうに見えた。南西に向いたゲレンデの斜
                  面は、傾き始めた太陽の光をまともに受けて暑かった。汗を拭きながらゲレンデの芝の上で腰を下ろして二人で村を眺め
                  ていると、後ろから声が掛かった。
                   「あら、ここでお休みなんですか?」と、グループの指村さんだった。
                   夫妻でリュックを背負って立っている。
                   「わー、本格的なスタイルで何処から来たんですか?」と驚いて聞き返すと、健脚なお二人は湖の紅葉よりも、山を目指し、
                  最初からの心積もりでモランブランの頂上まで行って来たとの事だった。お弁当も自分達で用意してヒュッテからの眺めも楽
                  しんできたとニコニコしていた。
                   私達は“小さな滝を見て、今やっとここまで登ってきた”と言うと、「それではその滝を見て下へ降りよう」と二人は林のほうへ
                  向かって行った。
                   一休みした私達はゲレンデを反対側まで横切り、草原になっている坂道を降りた。そこは途中からゴーカートのコースにな
                  っておりシーズンをオフして整備作業が行われていた。
                   ゲレンデの麓にあるレストハウスは建物の内部はがら空きなのに、外のテーブルに幾つものグループがビールを飲んだり、
                  ジュースやお茶を前にして快活に戯れていた。一日中陽に恵まれて、午後は日陰が欲しい雰囲気だった。
                   私たちも大きな体つきをした4〜5人の家族がかたまっている隣のテーブルにスカッシュを運んで休んだ。ちょうど今まで歩
                  いてきた道順が見渡せる場所でよかった。のどを潤すスカッシュはグラスに注ぐときの爽やかさそのものだった。

                   まだ陽のあるモン・トランブラン村を、それぞれに遊び、それぞれの思惑で楽しんだ私達を乗せたバスは離れた。
                   山登り、湖上遊覧、ホテル街散策、中には遊覧飛行をしたグループもあった。広い大地に限りなく続く紅葉を眺める空の旅
                  も又格別であっただろう。
                   何処までも美しい紅葉の続く高原地帯を、太陽を背にしてバスはモントリオールの街を目指した。
                   それぞれの思いを自分のものとし、それぞれの夢をさらに膨らませた者たちを乗せたバスは静かに思えた。静かに思い出
                  をかみ締めながら走っていくようだった。バスの程よい揺れに身を任せて、メンバーのほとんどは、心地良い眠りの世界に入
                  っていたようであった。

                   私も眠った。起きたときはもう夕暮れのモントリオールのビルの中、すでに窓明かりに道行く人の影が行き交う時間であった。
                   ちょっとした時間の経過が、極端に周囲の環境を変えてしまったように思った。外は風が強くなってきて、街路樹や旗、ポス
                  ターなどの広告類が大きく撓って揺れている。ロレンシャン高原の穏やかな青空が嘘のように変わってしまった。
                   ビルの谷間の街角を2〜3回ターンして、ゆるい坂道を上がったあたりの「レストラン東洋」で今日の晩餐会が行われた。
                   半日の活動で心地良い疲れと、車中の睡眠でおなかを空かせたメンバーはバスを降りると、風を避けてころげるようにレスト
                  ランに入った。2階に設けられた部屋には3つの大きな鉄板テーブルを囲んで、肉料理鉄板焼きの会場が待ち構えていた。
                   そしてシェフが夫々のテーブルについてショーよろしく、包丁捌きを披露しながらの楽しい夕食になった。
                   メンバーの語らいは今日1日輝いたモン・トランブラン村での出来事に尽きた。そしてメープル街道を辿ったこの数日の思い出
                  を胸に収めるために、夫々が選りすぐった数々の披露であった。

                   モントリオールはこの晩餐会と郊外のシェラトン・フォーポインツ・ホテルの宿泊だけである。
                   明日は早朝、モントリオール・ドルヴァル空港からメープル街道を離れる。
                   雨の降りそうな空は、ここ数日カナダ到着以来続いた好天の裏返しのように、離別の物悲しさの反映のようでさえある。
                   この素晴らしかった輝きの下のメープル街道の旅に感謝した。
                   ベッドに横たわると直ぐに眠りの世界に入ってしまった。


キャンディーショップのお嬢さん    

* 11.カナディアン・ロッキーへ
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