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最も印象に残ったランドル山(絵葉書)
バスの行く手にロッキー山脈が見えてきた。相変わらずの曇り空であったが山はすっきりと見えていた。既にこの冬の
雪を戴いた稜線がクッキリと、そしてはじめて見る山脈の山肌の青がややクールな感じで連なり、憧れに応える美しさを
見せていた。
バスはその山裾にどんどん突き進んで行くように走った。
寺山さんの説明では、私たちの宿泊はその山の麓にあると言う。このところ観光客の受け入れに脚光を浴びているケン
モアの郊外になるそうだ。ケンモアはバンフの少し手前の町で、最近バンフの町がだいぶ混雑してきたために、この町か
ら通勤する人々が増えていると言うことだ。あわせて観光客を迎え入れる宿泊施設もどんどん出来ているらしい。
山間の町に入ってくるとバスは国道1号線を離れて鉄道を越え、橋を渡った。そして静かなケンモアの町並みを通り抜け
るともう一つの橋を渡った。
その下がカナディアンロッキーからカルガリーへ流れるボウ川であった。その先はもう山岳斜面を辿る道路のようで、周
囲には住宅地もあちこちに開発されてはいるが、オリンピック時のノルディックセンターへ続いているとのことだ。
道路は広く整備されていた。3つ4つのカーブを経て、コーナーが広がったあたりにとんがり屋根で木彫山荘風のマリオッ
トレジデンスイン・ケンモアがあった。
バスを降り立った私たちを夕方の冷気が山を取り巻き始めて、寒さを感じる。
山の斜面に建てられたロッジ風のホテルは夏の賑わいと、スキーシーズンのはざ間の静かなたたずまいをかこっているよ
うだった。あたりは針葉樹林に囲まれ閑散としていた。
“ここがロッキーか!”
私は道の脇にあったいくつかの小石を拾い上げて眺めてみた。黒くて割れた痕がはっきりと縞状の模様を表していた。鉱
石のように、その縞のところどころには光る砂のようなものが混じっていた。ロッキーは豊富な鉱山資源を蓄えているとの外
聞がそんな小さな石にもとても高価な価値あるもののような印象をもたらした。
バンフには温泉があり、その温泉を元にこのあたりのルーツは今に至っていると言う。美しい山並と温泉と、静かな町とそ
れを取り巻く厳しく雄大な自然国立公園は最早峰に雪を戴いた山々の姿が示すように、冬が近いことを漂わせていた。
夕食はバンフの町のレストランに出かけることになっていたので、一旦部屋に入ったもののすぐにバスに乗り込んで山の
斜面を降りて行く。
ケンモアの町から国道1号線を北へ15分も走っただろうか、夕闇迫るバンフの町明かりに誘われるようにバスは左折して
マウント・ロイアルホテルの近くにある観光用の大きな駐車場に着いた。
雨が落ちてきた。私達は走るようにしてホテルのアーケードを移動した。
レストランは町のほぼ中央にある交差点の近くにあり、そしてまたこの街にも日本の人が大勢訪れていたので夕食の盛り
上がりには事欠くことは無かった。
腹が膨れると後は新しく訪れた町のショッピングだ。私は特に欲しいと思っているものが無かったのではなの後について数
軒を訪ねた。しかし結局日本人の集まるのは、表通りの大橋巨泉さんの店が一番の賑わいだった。私達もそれに加わった。
店の入り口近くにあったロッキーの絵葉書を買った。ロッジ風のホテルに戻ってから、ロッキーの麓の夜をその数枚の絵葉
書を眺めて過ごすのも良いものであった。
湖と氷河と山と
ロッキーの朝は曇りだった。カナダで過ごす最後の日になった。いつもの通り早起きをしてフロントを出たが暗くて何も見え
ない。振り返るとホテルに点る数少ない窓明かりと2本の街灯だけがそれぞれの領域を明るくしているだけだ。
“山道は上がってみようか、それとも下ってボウ川のあたりまで行ってみようか”と迷う。
すぐに彼方から聞こえる川の音に引き寄せられる結論が出た。微かだが流れの響きが聞こえていた。私はどんどん山を
下った。真っ暗な舗装道路は思いのほか距離があった。せめてボウ川の辺まで行きたかった。数台の車が後ろから、また
前から眩しいライトを向けて過ぎ去っていった。山襞を越える斜面を巻いた大きなカーブを3つ越えると遠くに薄ぼんやりと
川筋が見え始めた。30分は歩いたと思う。その先にケンモアの街明かりが少し寂しく続いていた。
“川辺まではちょっと無理かな”
道端の土手の上からその寂しそうなあたりを見渡して、私は踵を返すことにした。
ホテルの中もまだ静まり返っていた。新聞もまだ来ていない。ロビーには2台ある宿泊者用のパソコンがカバーが開けら
れたままになっていた。そこに座って日本との交信を思ったがすぐに止めた。
ボーッとしてればいい。“もう1日「外国」に居よう。”
時に朝食に集まった面々は一斉に冬の装いに変わっていた。今日はコロンビア大氷原を訪ねることになっている。
マリオットレジデンスイン・ケンモア