☆☆☆
成田空港の4階出発ロビーはごった返していた。10月の連休土曜日の午前では無理も無いのかと思った。
自分のチェックインするカウンターへ辿り着くのも容易ではない。長い行列の尻尾は隣の隣のまた隣になっ
て、しばらく進んでから並んだ列を間違えたたことに気が付いた旅行者が、あちこちにうろついたりしていた。
「久しぶりだな」搭乗手続きを終えてほっと一息ついた風次郎ははなとともにロビーの椅子にもたれてあたり
を見渡した。1月にマレーシアへ旅をして以来だ。
あのニューヨークの9月11日以来、つきあいのある周囲の人々も海外へ旅立つことがめっきりすくなくなった。
自分達が出なかったばかりではない、見送りも迎えもこの間1度も無かったのだ。
高い天井に響きわたる英語交じりの特徴あるアナウンスの声が、国際空港らしい雰囲気をかもし出していた。
いい気分だ。これからカナダへ向かうのである。
*
不順な気候だった夏を送ってしばらくした頃、「せめて秋らしい秋を見に行こうか」と思い当たったのがカナダだ
った。まだその国には一度も足を踏み入れてなかった。ナイアガラの滝はアメリカに通う頃、いつかついでに立ち
寄ってやろうと思いつつ、ついにまだ見ぬ夢のままであった。
ある日、ふと夕食後の夕刊を見ながらはなとの会話の際話題にした旅行社の広告が胸をときめかせたのであ
る。
「これ明日電話して席があったら行こう。」新聞広告も捨てたものではない。
ノースウェスト機というのが一寸気になった。必ずアメリカを経由しなければならず、旅程に無理が来る。加えて
私はNWの機内サービスも評価しない。しかし、丁度10月中旬の「カナダ紅葉の旅」は最適の季節であったし、私
達の希望に適うのはこのツアーしかなさそうだ。
「せっかく初めて行くんだからカナディアンロッキーへ立ち寄るコース付がいい」と付け足して言い置き、風次郎は
翌朝から富士見の南天寮へ移った。
「別のツアーでカナディアンロッキーも寄るのがあるみたいよ!2〜3日すれば空きが確認取れるといってたわ」
その夜、はなからの電話だった。
近畿日本ツーリストがいくつかのツアーを実施しており、そのうちの一つを止めにして参加者の割り振りを調整し
ているところだったらしい。私たちは思惑が当たって40人のメンバーに加わることができた。
*
出国手続きに入る前、2時にツアーコンダクターの説明があるとのことで待っていると、昨夜も電話をくれたという
添乗員の寺山さんが、手を上げて皆を呼び集め始めた。私達と同年輩のやはり家族連れが多いようだ。
アメリカの入国検査がテロ以来非常に厳しいとの説明だった。荷物ケースはカギをかけてはいけない。バックの中
のものは調べると言われれば、いつでも開けられる状態であることが要求され、果物ナイフ一つに至るまで、機内に
持ち込めないとのことであった。少しづつ緊張感の増す中で、私もいつもはカメラや洗面具といっしょに持ち歩いてい
た裁縫セットをスーツケースに移した。
日本の出国検査で出国票が不要になったのは大いにスムーズな運営に貢献していると思う。連休初日の混雑を予
想していた審査場の列はそれぞれ10人程度が並んでいるだけで10分もかからず通過してしまった。
フライトは15時50分、それに13時30分の集合とは“随分時間の余裕をみているなー”と感じていたが、順を追っ
て出国の段取りを進めていくと、搭乗待合室の近くで2人がうどんとラーメンを食べる時間があったくらいで丁度いい
割振りだった。
機は16時に飛び立った。太平洋を越え、シアトルの北からロッキーを越え北米大陸を横断してデトロイトまで11時
間の旅。その間地球の回転と反対に飛んで短い夜を経て同日付の午後の到着である。
私達の席はジャンボ機のほぼ中間58AとB、窓の外が眺められたとはいうものの、晴れた関東平野の上空から太
平洋にかかったらほとんど雲の上だった。
一眠りすると機内食が運ばれた。焼きそばのセットと鱈のフライに生サーモンのセット、とはいえそお豪華なもので
はなかったが、腹が減っていたし、多少の緊張感から開放されて美味しかった。
北アメリカ大陸それも北極圏に近い所の上空を飛んでいることが、時々スクリーンに示される位置表示図でわかっ
た。窓から見ると雲の彼方から朝日が光っていた。前の方に広がる翼の下の雲を照らして輝いていた。雲はなかなか
割れなかった。
長い時間が過ぎた。ロッキー山脈を越えたあたりから下界の見通しが利くようになり、縦横の線をきちんと引いたよ
うに区切られた広大な耕地が続いていた。
大きな湖沼が見えた。まだ5大湖までは来ていないだろうと機内誌の地図を開いてみたがわからなかった。沢山の
湖沼が次々に現れ、曲りくねった川で結ばれていた。やがて所々には街も見えるようになった。ミルウォーキーを通過
するのがはっきりわかるようになって、綺麗に区画された住宅地に工場やビルが混じり始め、デトロイトの空港に着陸
の態勢がとられはじめた。
天気の良い夕方のデトロイトの街が見えた。なんとなく懐かしさを感じさせる街を見たような気がした。はじめてアメリ
カへ出張できたとき、ロスアンゼルスからロッキー、プレーリーを越えるフライトでこの街へ来たときのことを思い出した。
あの時はデトロイトでの第1回国際モーターショーが開かれた1月だった。一人旅の心細さに加えて、当時デトロイト
は自動車産業不振の影響を受けた黒人労働者の暴動で不安の最中、巨大な空港も雪に埋もれて寂しい限りの印象
を受けたのであった。空港で会社の駐在員Tに無事出会えてとても心強く思ったものだった。
今日の街は秋の午後の陽に照らされてとても美しい。もちろん観光の旅と仕事の旅の相違も大いにある。
ノースウェスト機は静かに着陸した。
デトロイトで米国への入国審査があった。ここはトランジットだけだが4時間近くの待ちがあった。カフェテラスで寛いだ
り、空港売店めぐりをしてアメリカ気分を楽しむ程度の時間がある。
入国審査は荷物とボディチェックが予想どおり厳しいものだった。グループの中の3組がキャリングケースを開けさせ
られた。別室へ呼ばれていたので後で様子を聞くと、つぶさに中のものを点検されたとのことだった。
ボディチェックの方は「靴を脱げ」、「バンドをはずせ」とやつぎばや、ピーピー感知器の激しく鳴り響くこと、4列でのチ
ェックがちっとも進まない。やっと自分たちの番が来たと思ったら、靴下も脱がされた。
隣の列では年配のおばさんが甲高い声を上げている。ズボンの中に不審感知が出ているので、懐中電灯の親玉み
たいな感知器を突っ込むといわれている。これも抵抗はできまい。いやはや‐‐‐我々でなくてよかった。
びっくりするような審査を乗り越えて、ロビーに落ち着いた。
トロント行きのゲートの近くに『ON LINE』というスナックがあった。カウンターと広いロビーがあり、その間を隔てたパー
ティーションの壁際にパソコンが3台あって客が入れ替わり使っているようだった。客席の中にも自分のカバンからPCを
取り出して作業している人がいる。PCは本当に便利だ。何処でも情報のチェックが出来る。とくに広域を動き回るアメリ
カ人達には必須の道具になっている。 だからこの店が『ONLINE』なのか!
テーブルの向こうの大きなガラス窓から待機している飛行機がたくさん見え、斜めの陽を浴びていた。窓の近くの席が
空いていたので、はなを引っ張って飛行機でも眺めながらそこで時間を過ごそうと立ち入る。
カウンターでコーヒーを買ったところ、ポリの大きなカップにたっぷり入って$1.90。はなはオレンジジュースにしたがこ
ちらはペットボトル(このほうがあと持ち歩けていい)でやはり$1.90。
建物の中はとても暖かくしてるし、アメリカンには何時でも半袖姿で平気な人を見るので、何だか自分達の姿に違和感
があった。オーバーや上着や抱えたショルダーをテーブルの脇に置いて一息、ホッとする。
ユニフォームを着た3人のウェイトレスがテーブルサービスをしていた。みな可愛く美人に見えた。うち一人はズボンの
上に着た短いシャツを臍だしにして、スタイルもよく顔立ちもキュートな子だった。
“こういうのなら臍だしも許せるか――”
もう一人は美しくはあったが、身重(本物)のようで、ものを頼むのには多少気が引けたが、笑顔が素晴らしかった。そ
して皆活発でアメリカらしいな、と思った。
コーヒーを飲みながら、ときどき会話をやり取りしつつ待合の時を過ごした。
17時35分デトロイト発のNW機は約30分遅れて18時スタートし、トロントには19時に到着した。トロントのピアソン空
港はデトロイトと打って変わって清潔な、明るい感じを受けた。昨年来SARSが発症しただけに大勢の職員が出て入国す
る旅行者に黄色い注意書きを配布していた。優しくて美しい女性の審査官が"Please go ahead."と、簡単に通してくれた。
ついにカナダに入れた。
窓から見えたアメリカ