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風次郎の世界旅
 アメリカの思い出
(7)

music by KASEDA MUSIC LABO

     
     PINEY RAN PARKを散歩

7.「Don familyとともに」

                 State Highway2号線をボルチモアに引き返し、環状線を巻いて西へ向かう。
                傾きはじめた陽が正面に眩しい。Donの車はInter State70号線を暫く走ってから、オークヒルへ向かう一般道に降りた。
                 周囲は森や林続き、程良い高さの丘には牧場が見え、道路脇の繁みに小川が流れている。車が行き交うのに不足の
                ないほのど小道を走っているとアメリカを忘れ、日本の田舎道にいるような気さえした。
                 牧場にバッファローが見えたり「鹿に注意!」の標識が英語だったりして、やはりアメリカだなと思い直すのであった。
                 ふと道路脇に倒れて横たわる可哀想な鹿の死骸見た。
                 Donの話では森に住む鹿は道に沿って流れる川に水を飲みに来るのだそうだ。通勤のドライブで死骸を見るのは珍し
                くないことのようである。
                 森を離れると白く塗られた牧場の柵が延々と続いていた。牧舎や主の家が丘の上に光っていた。
                 牧場の見える起伏のある道を超えて再び森の中へ入ると、そこはEldersbulg、 Mr.Donの住む町である。
                 いくつかの街角、といっても背の高い樫の木の森の中である。
                 曲がるたびにその木々の間を抜けてくる陽の光が見知らぬ土地を煌めかせている。
                 住宅地の整備された道路の一角を曲がって、大きな坂を下り数軒の、といっても1軒1軒が相当広い(数百坪の敷地)
                ので点在しているという感じではあったが、その住宅街の変則十字路を左に上がったところが彼の家だった。
                 道路からアプローチの先に見えるガレージに向かって発信機でシャッターを開けながら建物に近着くと、中二階の玄関
                にかよ子夫人が現れた。一緒に愛娘明子、それに猫のマイルズも出てきて私たちを歓迎してくれた。
                 広い居間の先には芝生の庭が広がっている。Mr.Donは狭い家だと言っているがとても広い屋敷に思えた。
                 私たちは少しばかりの土産品(Donには歌舞伎絵、夫人には「さくらさくら」のオルゴール、明子には「あいうえお」の積み
                木、それにお茶、山芋、もち米)を出して、夫人の心づくしのお菓子と麦茶で、ひさしぶりの会話で寛いだ。

                 まだ陽も高く、暖かな午後だったのでかよ子夫人の提案で湖の方へ散歩に行くことになった。
                 約1時間のコース、付近は地図で見るとPINEY RAN PARKという公園になっているのである。しかし、湖の水は枯れ
                て少なく、雨の少ない夏だったため乾いた湖底が広がっていた。
                 珍しかったのは、アライグマの巣が水のなくなった湖岸に剥き出しになっていたところだ。木の枝を集め、巣窟が山のよ
                うになっている。アライグマは木倒すほど木の根元を齧ってしまうらしい。そんな痕がいくつもあり、中には倒されたばかり
                の大木もある。鉛筆を削った痕のように見事な齧り痕だ。

                 明子を囲んで樫の実を拾ったり草の葉を摘んだりして森の中の道を歩いた。
                 樫の実の果肉が食べられるというので私も割って舐めてみたが、奇妙な味だったのですぐに止めてしまった。
                 森の中を歩くには格好な10月とは思えない暑く感じられる夕方だった。

                 湖畔は最近になって開発された住宅地らしく、家はほとんど新しい建物だった。敷地はどの家も広々としていてまだ買い手
                のつかないDonの家の近くの一軒は、600u位もあるスキーの自家用ゲレンデ付きとのことである。それでも2000万円程
                度とのことだ。Donと近くのスーパー(日本の郊外スーパーと同じ程度)へ買い物に行った時、入り口に積まれた不動産広告
                誌を手にしてみたら、なるほど広大な敷地付きでも2〜3000万円でいっぱいあるのだ。

                 どの家でも敷地内の芝が良く手入れされて、清々しい環境を作り出している。
                 どうやら、アメリカでは芝や植栽の手入れをしないと、近所の顰蹙を買うということは本当らしい。

                 夕方から、Donがテラスでバーベキューの炉に火を起こし始めた。
                 明子と一緒になって、マイルズをからかいながら、30分以上もかけて4つの肉塊を焼いた。
                 この家の庭にも奥の方に大きな樫の木があり、遠い夕陽に盛りの紅葉が美しく照らされている。
                 ビールを飲みながら、デッキチェアーに身を委ねるといかにも米風との寛ぎさえ感ぜられるのだが、一方で自分の故郷と海
                を遠く隔てて暮すことになったかよ子夫人の心境をも思ったりした。
                 彼女は「来週あたり、明子の顔を見せに日本へ帰ってみようか?」などと、冗談とも本心ともわからないことを言っていたが、
                なまじホームシックは本物かもしれない。日中も日本のように額を寄せ合った近所付き合いも無かろうし、井戸端会議も言葉
                の問題があろうし、寂しさや、不安が常時伴うことだろう――。
                 やがて会場は階下のホームバーに移され、さらに夫人の料理が加えられてホームパーティーが進んだ。

                 いろいろな話をした。
                 私は8時過ぎにはもう疲れが出てついうとうとと転寝をしてしまう始末だった。
                 この数日、毎夜の夜遊び遅かったが、家庭の雰囲気に緊張がほぐれてしまったのだろう。
                              
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                 「あなたは会社を終わったら何をするのですか?」
                 マクナラン氏の質問に戸惑った。
                 「そうか、いったい私は何をしたらいいのだろう」
                 とりあえず55歳までは今のまま会社に席がある。それから5年間、会社は適当な仕事を宛がってくれるだろう。60歳過ぎ何
                をするか考えたことはなかった。

                 この質問はマクナラン夫妻が可愛い明子ちゃんを囲んで将来の生活設計を考えている話題の中で出てきた。
                 「将来は日本に半年、アメリカに半年、日本ではいずあたりに居を構え――」などの構想も含まれているようだった。
                 人はみな、自分の幸福を家族なしに考えることは出来ない。いろいろな境遇が天からもたらされる中で、上手にその条件を
                組み合わせ、社会に溶け込み、また社会に貢献しつつ生活を楽しむことが必要だ。それは基本的には個人のものであり次
                に家族全体のものであり、そして身近な社会から大きな社会へと広がりをつくっていく。

                 しばらくのあいだ私は、
                 「そうか、大きな仕事に繋がるとすれば“国際親善”とくに日本とアメリカの間で何か出来ないかなー」と考え込んでいた。
                 アメリカは自分を生かし、自分が先行して楽しい社会を築きあげようとする国のように見える。それに対し日本はどちら
                かというと社会が先行し、その中での自分を培うタイプの国だと思う。両者の違いは様々あるが、人間が生きていくうえで
                はどちらも必要欠くべからざる行き方であって、時と場合が相互を捕らえて優先するほうを決めることになる。人間は一人
                や一方では生きていけないからだ。

                 そのためには社会の枠を大きく考えればいい。大きく考えるために、自分の周囲を大きくし、知ることを広く広くしていく必
                要があるのだ。
                 そこに“国際親善”の意義がある。私に出来る国際親善を探してみよう。

                 そんなことを考えながら、マクナラン家の主寝室で氏のベッドを借りて目を閉じた。それからもひとしきり、閉じた眼の中に
                昼間見た秋の盛るオークヒルの光景が映し出されていた。アメリカ特有の斜めに差し込む夕陽が、紅葉の森を木の葉を縫
                ってキラキラと照らす中、ここを訪れてきたこの日の午後の自分たちの姿を胸にしまった。
                 やがて静かに眠りに落ちた。

                 夜は早く休んだが、久しぶりの家庭の床に入った安心感からか、翌日7時起床の約束の時間にははなとともに眼を覚ま
                せず、Donに起こされるという失態であった。翌日はワシントンDCを案内してもらうことになっていた。


Don家のテラスにて

* 『アメリカ』8.ワシントンDCへ
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