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ブルーノートの小さなステージ
すっかり晴れ上がって良い天気になった。ニューヨークの郊外には広大なアウトレットショッピングセンターがあると日本でも話題
になり始めていた。有名ブランドが揃って店舗を並べ、しかも安く手に入るということで、わざわざ買い物ツアーが組まれると騒が
れた頃であった。はなの希望でもあったが、私もそういったところを見ておきたいと思い、これは全日空に日帰りツアーを予約して
あった。
9時にシェラトンに集合との事で1階のロビーに居たがいっこうにそれらしき声がかからない。9時15分になってしまったので40
階まで上がって事務所に訊ねると、確かにツアーは出るという。あせってしまった。
なんと、「ウッドベリー・コモへ行く方はいませんか?」と大探ししていたのだそうだが、私たちが『ウッドベリー・コモ』というのがそ
のアウトレッドをだと知らなかっただけのことだった。
バスの中で待っていてくれた他の参加者に顰蹙を買ってしまった。ちょっとアウトレットに関心のある人なら、『ウッドベリーコモ』は
有名なのであった。
バスはマンハッタンからハドソン川をトンネルで潜って越え、ニュージアージーを北上して森の中のハイウェーを走りつづけた。約
1時間10分ほどだった。
途中眺める風景の中に、マツダやニッサンの看板を掲げた自動車屋や、シャープの工場など日本で馴染みのものがみえた。
到着したのは10時半。たくさんのバスやマイカーが既に駐車場を埋めている。山の中ではあるがさすがに広大なマーケットだ。
世界中から買い物観光ツアー客を呼び寄せている百数十軒、衣料品、雑貨のテナントが軒を並べて有名ブランドが商いを競
っている。確かに買う方には好都合だ。
私は娯楽部門もあるのかと思っていたが、ちょっとした食べもの屋が所々にあるだけ。只、只管“買い物”だけの世界。いやは
や参った。ツアーのスケジュールは2時半までの由、はなはあちらこちらと店舗訪問に大忙しだったが、私はピエールカルダンの
店で彼女の洋服の見立てに付き合っただけで、昼食に20分も遅れてきた彼女が迷ったのではないかと心配したり、只管中央広
場で人々の顔を眺めながら日差しを浴びて過ごす1日だった。カフェテリアのピラフが思いのほか美味かったことぐらいしか印象
がない。
買い物は総じて値段も特に日本より安いという訳でもなかった。円が高くなった結果、そのころから最早そういう場所はあまり魅
力的ではなくなっていたように思う。しかし、日本各地にこの方式が持ち込まれ、まだまだ展開されようという動きに脅威を感ずる。
ウッドベリーコモの帰りの車中で添乗員に聞いたら、「今夜のナイトツアーの空きがあります」とのこと、その中にはピア17の「ロ
ブスターを食べる」が含まれてるというので即乗っかった。
天気が良いので夜景を期待したのは勿論である。
6時にシェラトンをバスで出た。
吉田さんという若い添乗員の案内でブロードウェイを下る。夜になって一段と活気付いている街の雰囲気こそブロードウェイである。
ネオンの光はさらに遊興気分を盛りたてる。
ロアーイースト、ピア17にあるシーフードレストランでの夕食に向かった。
私も初めてだったし一度行ってみたかったのでちょうど良かったと思う。
ユニオンスクエアからソーホーを通り、こちらも輪をかけて賑やかな中華街を抜けマンハッタン橋から河岸の通りへ折れ、ブルック
リン橋の下をピア17へ着けた。
3階のレストランは混雑していたが、窓側の外の景色が良く眺められる場所が確保されていた。私たちは仙台から来たという若い
娘たちと一緒の席で、なかなか楽しい会話のある食事会を過ごせた。期待のロブスターは「今日は数が少ない」というので、私たち
はひとつをサーモン料理に切り替えて分け合ったが、若い二人は「ここのロブスターは絶対よ!」と頑張ってついに確保した。
彼女等はワールドトレードセンターの近くのホテルに泊まっており、昨日もこの店に来たのだと笑っていた。よほど美味しかったの
だろう。確かに。
数があって本当に良かった。
若い人の話は視点が違って、ロブスターに限らず弾む話題が楽しい。明日はLAに向かうとのこと、英語もそうたいしたことなさそう
だが、女性同士でも勇敢だ、それに逞しい。
窓の外はブルックリン橋がライトアップされて川面に反映し、対岸の明かりとも調和して美しく輝いていた。ガラス窓の先はデッキで、
そこにも白いテーブルが置かれていた。夜景を眺めるには格好な場所であったが、カップルが一組いただけだった。昼はまだかなり
気温の上がる良い陽気だが、夜はもう、カップルででもなければ我慢できないくらい涼しすぎるのか----と思った。
ワインとビール、それに若い人たちとの会話に少し気を緩められ、バスに揺られてマンハッタン橋を渡った。そして、ブルックリン橋
のすぐ下にある公園からマンハッタンを眺めるという趣向だ。
外の涼しさは少しきつく感ずるほどであったが、光の渦に囲まれて過ごした。写真も何枚か撮ったが、フラッシュの操作が上手くい
かず、大した物は撮れなかった。有名な「リバーカフェ」あたりからの眺めが一番いいのかなあ、と思った。
マンハッタンの夜景を見上げつつ、ブルックリン橋を渡り、今度は高い空からの夜景を眺めるためにエンパイアステートビルに向
かう。これも夜は未体験で、楽しみだった。
エレベーターが混んでいて10分ほど待っただろうか。80階まで行き、さらに渋滞を過ごして86階まで上る。
風が強いが快晴。マンハッタンは本当に煌きの渦のようだ。昼間見下ろす街は雄大そのもので、深く刻まれた谷のように感じたも
のだが、澄んだ濃い紫の夜気の中の光の煌きには、造形の中に置かれた無数の光と、人工によりうごめく幾多の光が見事だ。中
にライトアップされたビルの壁面が、遠くてもくっきりと浮かんで見えるものもあり、それなりに美しく、登った期待を裏切るものではな
かった。ニューヨークというのはこういうものかと再び思った。
エンパイアステートビルの前の路上の露天で「NEW YORK」と文字の入った厚手のトレーナーを“Ten Dollers!”と叫んで売るひげの
中年男の顔に出くわし、すぐに手を出して買ったら、添乗員の吉田さんに、税を払わない(客からも税を取らない)相手だから、買わ
ないようにとコメントされてしまった。
バスはシェラトンに着き、解散した。10時近くになっていた。
はなと二人でまたホテルの近くのデリカテッセンに寄、り朝食のパンを買った。今朝食べたものとは別のものを選んだ。
ニューヨークでの貴重なもう一夜は「ブルーノート」を予約してあった。
丁度その日の番組は87歳のヴァイオリニスト、ステファン・グラフェリーという人の演奏であった。ブルーノートは相変わらずの人気
で超満員、ぎりぎりの相席で、演奏家の直前の席だったが、落ち着いて飲み物を楽しむ隙間もないほどといった感じだった。
さすがに87歳の老練な演奏は見事で、2階の控え室から抱きかかえられるようにステージにたどり着いたその演奏家ではあったが、
演奏が始まるや、場内の空気が変わり、バイオリンを抱いた姿にも神々しさを見たと思う。
ブルーノートではバイオリンのメインイベントの他は、一緒にその演奏を引き立てていたトリオのジャズだった。
私たちは2時間ほど過ごして、ホテルの近くへ戻り、東洋の味が恋しくなったはなの希望で「ラーメン」を求めて「めちゃんこ亭」を訪ね
て夕食をしようとしたが、何と日本人の行列。上手い具合に隣の「王宮」という店がすいていたので、そちらで過ごした。日本人はどこ
にも多く、こんな調子で寂しくなることはないと思う。
買い込んだはな ナイトドライブ