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風次郎の世界旅
 アメリカの思い出
(11)

music by KASEDA MUSIC LABO

     
     ケネディー空港のレストランにて

11.「この旅の帰路(ケネディー空港にて)」

                フィラデルフィアの車窓には期待のかけらも認めることはできなかったが、沿線の露に濡れた緑は、その日も素晴らしい
               好天に恵まれ、次第にあがる太陽の光を反射して美しく輝いた。

                車内のカフェテリアでコーヒーを調達して、手持ちのビスケットで朝食を済ませた。
                いずれ空港では時間を持て余すだろう。食事はそのときゆっくりしようとの算段であった。
                Newarkを過ぎる頃から次第に都市的な建物群が見えるようになり、最後はハドソン川のトンネルに入る。車内はほとんど
               が学生とビジネスマンばかりだった。フィラデルフィアで三分の一ぐらい乗り降りがあったが、ほぼ半分の席が埋まっていた。
                ちょうどひとつのベンチに一人しか座っていない状態だったから、乗客にとっては好都合と言うべきだろう。 ニューヨーク
               へ仕事に向かう人も多いのだろうに、だけどこれだけの乗客ではAMTRAKも良い経営にはなっていないかもしれない、など
               と余計なことを考える。。

                やがて車内のアナウンスがあり、列車は薄暗く飾り気のないペンシルバニアステーションのホームに到着した。

                ケネディー空港には10時には到着したかった。
                一緒に乗る全日空の団体が9時半までに到着する手はずと聞いていたので、独自に搭乗すれば良いのだがあまり遅れる
               わけにはいかない。
                ペンSt.をすぐに発つべくB1の中央エントランスでTAXIの列に加わった。
                時間的にも街路での客が多いのか、30人ぐらいの列なのになかなか減らない。駅の乗り捨て車を係りが手配するのみの
               ようだ。
                “時間が掛かるな――”
               と思ったところへ、今度は何かの事故で消防車がけたたましくサイレンを鳴らして駆け込んできたため、TAXI乗り場を駅の
               脇道へ移動する騒ぎとなり、行列の組み替えがあったりして、時間が過ぎていくばかりである。
                ニューヨークの事故は珍しいことではないが、イライラの連続。いかにもニューヨークらしい状況。
                結局TAXIを得たのは9時30分。
 
                8番街を上がっていく。道路はかなり混雑であるが、まあ10時半には着くだろう、と平静を心がけた。
                今日も快晴だ。数日見慣れた街並みだが、次は何時歩けることになろうか?
                コロンバスサークルの前を右に折れ、セントラルパークを左に望みつつカーネギーホールの脇を東進する。今回3日間滞
               在したパークセントラルホテルが後方に消えていった。
                ティファニーの角から河畔に向かい、クイーンズ・ブリッジを潜って行く。ケネディーへむかうTAXIは次の橋を渡る。
                マンハッタンを離れるとTAXIはぐんぐんスピードを上げた。時間の惜しい私たちには好都合であったが、乱暴な気配も感
               ぜられてドキリドキリ、しかし、黙っていた。そんな感じがニューヨークだ!
                TAXIの運転手は一見不機嫌そうにひたすら飛ばしていたが、ラガーディア空港を過ぎた頃、「Where I do?」と聞いてきた。
                よく意味がわからない私は、「Inter national entrance of JFK」と言ってみた。
                 「What air line?」
                 「Oh,Yes, ANA」
                これで彼との会話はすべて終わった。
                再びお互い黙ったままになり、車はさらにスピードを増す。物凄いスピードで窓がガタガタいう。景色がビュンビュン吹っ飛
                んであっと言う間にJFKに着いてしまった。
                 ANAのある建物は以前使ったJALの隣、デルタターミナルであった。到着は10時5分、ペンSt.から約30分で着いた。
                 早い!
                 $33のメーターを見て、有料道路の$3を加え$40を渡す。
                 まあ、すべて旨くいってよかった。
                 全日空カウンターは日本語、日本人。そして周囲も全く日本人の客ばかり。
                 気安く荷物を預け、身軽になってチェックインを終えた。ホッとした。
                 12時15分までの時間を費することは、買い物と食事でちょうど良いかなと思いつつ、残りの$を使って適当な手土産を買
                い込んだ。

                 カフェテリアで窓側の席にくつろぎ、飛び立つ飛行機を眺めながら最後のひと時をゆっくり過ごした。東京の自宅にTEL
                すると寝たばかりだという長男が迷惑そうな対応で受話器に現れたが、私たちにはそれで十分だった。

                 順調に搭乗待合室に入ったが、今度は到着したANA機がエンジンに鳥を吸い込んで整備に手間取り、1時間の出発遅
                れを告げられる。機中の人となったのは13時過ぎ、機内ではひたすら寝ることに心がけた。
                 翌日午後3時40分には成田着。7時前に我が家について近所の寿司屋から配達された日本の寿司を食べる。
                 思い出は、実際現地でその渦中にあるときよりも、後により大きな感激を得ることができる。
                 旅の印象に対する慕情とでも言おうか、美しく、感激をもっと思い起こせる度合いを高めていきたい。それが人生の糧と
                なるように。
                 この旅が終わった。

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