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ブルックリン橋対岸からのマンハッタン(今貿易Cビルは無い)左端がピア17
アメリカはBIGな国だ。目的のために徹底して行うことは、他の国の人々よりも優れている。
ブロードウェイをはじめとする芸能や芸術に対する民衆のとけこみ、サポーターの寛大さは、皆が楽しく、奔放で最も解り
易いところだが、都市の造形にも現れている。
ニューヨークのビルの建て方。ビルがバカデカイ。
地震がない由もあろうが、競争して高くしている感がある。そして格好つけている。
そんなに高くないビルでも、日本のように稼働率優先で余裕のスペースを持たないということは無く、エントランスなど凝っ
ている。そして広く、デコレーションもユニークにして、また外から中の様子が見られるように意識して階段の配置、ドアーの
装飾を行っている。5番街やマディソン街などの早朝散歩は人通りも少なく特に楽しい。
ワシントンやボルチモアの都市づくりのスケールを見ても良く解る。
市内は環状の高速道路に囲まれており、環境の整備された住宅地域からハイウェイで市内に近づくと、環状道路近辺に配
置された地下鉄の駅という駅には数百台規模の無料駐車場があり、通勤客にも解放されている。最も驚いたのは駅の前に
自家用セスナが20〜30機止まっていたのを見たことだ。飛行機で通勤する人の為の滑走路があるのだった。ここまでくれ
ば最早究極の通勤。あとはヘリによる屋上着陸しかない。
そんな大らかさの中での驚きや感激を期待しての旅だった。「解る」ということ「識っている」ということの大切さ、識ることによ
る不安の解消、それが楽しさに繋がることを実感した。
10月8日(土)
小雨の朝だった。少々頭痛、これは国立の街を走ることで紛らした。
準備は万端、長男の車で駅まで送ってもらい西国分寺駅のホームに立ったときも小雨が降っていた。
新宿からは次男が手配してくれた成田エクスプレスに乗り込む。成田に向かう列車は静かだった。
13時 成田空港4Fのロビーで滑走路を眺めつつ時間をつぶし、13時50分ユナイテットのカウンターに荷物を預けてチェック
インしたら身軽になった。はなと「野田岩」へ行って日本の味を確かめる。やれやれだ。今回はANAの手違いで午前に乗る予定
のANA機に登録漏れになっていることが2日前に判明し、急遽ANAが午後の便(ユナイテッド)を手配したのであった。
16時15分ユナイテッド機は定刻通りテイクオフした。
日本人の女性1人、大柄の黒人他3〜4人のアテンダンスが割合に親切にに対応してくれ、私はジョニ黒と赤ワイン、はなはビ
ールで肉料理の食事を楽しむうち頭痛は止んだ。
JFK(ケネディー空港)には現地時間14時30分到着した。
JFKのゲートに待っていてくれたのは、背が高くて体格のいい全日空の男性ガイド、白原さんだった。午後の3時を過ぎていた。
全日空の手配に誤りがあったので、白原さんは恐縮して緊張している。
「まあ、あなたのミスではないのだから」とは言ってみたものの、午前のそれも朝の到着予定だったから、約1日分のスケジュ
ールが潰れた。
「そのかわりに空いてる日に私がご案内させていただきますから、どこへ行くか考えておいてください。」と話しながら、カウンタ
ーのすぐ近くに止まっていた彼のクライスラーが走り出した。
“へー、気を使ってくれるのかー”
ハナと私は気をよくした。
1995年10月、
ハナにとっては初めてのニューヨーク、それが成田で少しつまずいてしまって何となく満たされなくていたが、こんな一言で気分
は大変わり、はじめて立ち入るビッグアップル、マンハッタンにハナも心は浮いているようだった。
やや曇り空だが、西へ向かう空のところどころから遠くに背の高いビルが見えはじめ、透き間に夕暮れがちかづいたことを示す
ようにうす赤く染まった雲がすじを引いている。
久しぶりのニューヨーク、私は懐かしいといった気持ちになった。それに、今回は出張ではない。1週間ではあるがフリーで楽し
めることと、今回は日本で友人になったマクナラン家を訪ねて、ボルチモアからワシントンまで足を伸ばすことになっている。
私が前回来たときは、夜の雨の中をラガーディアからクイーンブリッジを渡ってマンハッタンに入ったが、何故かパンナムマーク
のある大きなビルを見て味わったあの感激は無かった。昼間だったから、高層ビル群は遠くからも眺められ、均一化して見えたし、
また期待の大きさがおどろきを割引してしまったのかも知れない。
JFKから白原氏の車に乗ってラガーディアの前を通り、今回はトンネルでマンハッタンに入っていくという。トンネルはグランドセン
トラルの南側に抜けて出た。
白原しは、「世間で言われているほど危険はないんですよ。そんなに危険なら誰も住まなくなってしまう筈だ。」とか、「警察のピ
ストルが小型化された上、7連発が、14連発にアップして不祥事が減ったとの説もある。」などと地元に住む人らしく昨今の危険
不安説を解説した。
全日空の事務所はタイムススクエアのすぐ近くシェラトンホテルにあり、大方の客はシェラトンに泊まるようだが、私たちは少し離
れたパーク・セントラルホテルに案内された。ちょうどカーネギーホールの向かいにあった。
ダブルベッドの部屋だというので、白原さんにビッグベッド2つの部屋に変えてもらうことを頼んだがカウンターがなかなかOKを
出さない。こんなときは英語が達者な人にやってもらうに限る。5分ぐらい待つうちに、「旨くいきましたよ!」と彼が帰ってきて、
「部屋を見ましょうか?」というから、「後はこちらで」と別れた。ホテルを信用しよう。それにマンハッタンでは窓からの風景を選
ぶわけにもいかない。
☆
ハナは疲れたから一眠りしたいという。
私は彼女の一眠りのうちに今宵の楽しみを探しながら、早速散歩に出た。
10月の夕暮れ時は快適だ。久しぶりブロードウェイのネオンの華やかな輝きも、雑踏も、ここでは寛ぎを感じさせるというものだ。
タイムズスクエアのTKTSに寄って、今夜の切符が何か手に入らないかと尋ねてみたが、不便な場所の1〜2の劇場や、近場で
も人気薄な席のみ。あいにく日曜日でミュージカルなど夜の興行も少ないのだ。
“せっかくだから映画ではもったいないし”と思いつつ、ラジオセンターならやっていると聞いて直接いってみたが、9日のコロンバ
スデイにあわせて“for kids show"それも空いている席はないという。
“やはり無理か”とブラブラしてブロードウェイをホテルに戻りかけたら、パレスシアターに人だかりがあった。チケット売り場に5〜
6人並んでいる。なんと“美女と野獣”ではないか。これはディズニーの興行なので日曜の夜もやっているとのこと。なるほど家族
向けには日曜の夜は外せまい。
祈るような気持ちで並んでみたら、前の方のちょっと右よりの席が2枚手に入った。そんなわけで私は気をよくしてホテルに戻る
ことができた。
私たちのスケジュールは1日目3日目が空けてあり、
2日目は「ウットペリーコモ」に買い物に行くこと、夜はピア17のレッドロブスターを食べ、ブルーノートを楽しむことであった。
4日目にはアムトラックでボルチモアのマクナランさんを訪ね
5日目にワシントンDC を訪ねて
7日目にニューヨークに戻りお昼の全日空でJFKから帰国することになっていた。
一眠りして起きたハナに『美女と野獣』の切符が手に入った朗報を伝え、支度をしつつ「白原さんにはマンハッタンを北から南
まで走ってもらうことを頼んでみようか?」と問うことで3日目の日程が決まった。国連も覗いて、そして自由の女神を見に行くこ
とにした。
「美女と野獣」はその後もますます人気が高まり、日本版も登場することになるが、マジック入りの楽しい舞台でストーリーもわ
かり易く、出演者の美しい声やすばらしい歌の数々を満喫した。超満員にかかわらず良い席が手に入ったのもとてもラッキーだ
った。
タイムズスクエアの右往左往の人混みを逃れて、私たちはワンブロック離れたアメリカンストリートをロックフェラーセンターの方
に向かって歩いた。10月の夜気が気持ちよかった。センターの大きな手すりに寄りかかって、広い空間からビル群を眺めつつニ
ューヨークの夜の輝きを確かめた。
ホテルの近くのデリカテッセンで空腹を満たしたときは、もう11時になっていた。
こうして、先ずはこの旅の初日を終えた。