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バートのオリンダ駅
サンフランシスコといえば、旧来オークランドあたりが郊外の居住に恰好な街として定番
であった。振り返ればITバブル崩壊まではサンフランシスコ一帯もどんどん住宅地が開発
されて、オークランドあたりは一般化した。国内に留まらず海外からも人が移住す
るアメリカであるから、そうなると風紀も含めて生活環境は変わっていく。さらに良い環
境を求める人々は、ベイ北部のワイン地帯であるナパあたりまで居住区に変えていったの
である。
オリンダはそんな余波を受けて、ベイ東部、オークランドの北、バークレイズから東の丘陵
地帯に造成されている新興の住宅地である。
アメリカの家計は証券(住宅証券を含む)を担保にしたカード決済で消費するパターン
が多いだけに、リーマンショック以来の住宅価格下落傾向は各家庭の家計を圧迫した。そ
れよりも、やっとのことで高いカリフォルニアの住宅を手に入れたものの、相場下落で売
り物多く、各家庭の資産価値を凹ませて、挙句は売り出されている住宅の数さえ膨大であ
る。
住宅需要は相変わらず低迷している。2010年に政府の住宅購入促進策が打ちきられ
益々市況は冷え込んでいるということだから、先行きはどうなるか。
長男の現在住んでいる家(借家)も大家は土地を買っておいたところへ、売却目的で建
築された家だったが思惑通りの買い手が着かず、止む無く賃貸に出されたものらしい。
250坪といえばこの辺りでは、むしろ狭い敷地である。そこに60坪くらいの平屋住
宅である。カリフォルニアは住むには快適な気候ということで人気が高いだけあって、ど
この家も屋外の芝生庭園で団欒がもてる設計が多く、それを囲んで主寝室、リビングダイ
ニング、サロンが並ぶといった贅沢な間取りである。この家も月家賃が50万円位とのこと
(米国では庭の手入れと主な家財は貸主の負担である)相応の値段に下がっているとは
言われているようだが――。
そこはバートのオリンダ駅から幹線道路モラガ通りを2kmほど南へ行き、グロリエッ
タと言う小路を少し入ったところであった。丘陵と言うより、風景としては別荘地を思わ
せる山間の住宅地である。幹線通りをバスが走っているが、あまり時間が当てにならない
から、マイカーに頼らざるを得ない。通勤と家庭用(学校の送り迎えもある)に、どうし
ても車は複数台必要な地域である。
しかし、人里離れた環境は閑静、近隣との接点も希薄であればむしろ寂しさを感ずるく
らいであった。私が欠かさない朝の散歩では野生の七面鳥家族に会ったり、夕方の散歩で
は道路で鹿に直面することもあった。
ちょっとした商店街が駅の近くにあるだけだったので、昼食をとりに出かけた帰りに、
山中の住居の様子を眺め楽しみながら一人になって歩いてみたが、起伏のある斜面に曲が
りくねった通りを歩くのはかなり草臥れた。しかし、丘を渡る風は陽に爽やかだし、同じ
カリフォルニアでも水を遠方から運ばねばならないロスアンジェルスと違い、ベイ周辺に
は農地を賄えるほどの水が確保できる。このあたりの丘陵山間には、沼地のような谷も無
数にあって、生き物の最も活性化する季節でもあるから、名も知れぬ色とりどりの花を咲
かせて輝いているような家々の庭が美しかった。
○
孫娘ミサは昨年日本で言う中学生になった。今、ORINDA INTERMEDIATE SCHOOLに
通っている。
長男たちが、住居選択に当たって最も気になったのが子供の通学区だそうで、先に記し
た急速な人口増でサンフランシスコの学校は生徒の状況も著しく変化し、校区によっては
乱れているところも多いようだ。
アメリカの学校制度では高校レベルまでが義務教育であるが、幼稚園(KINDERGARTEN)
から高校(HIGHSCHOOL)までの学校選択は柔軟性がある。概ね日本の制度に似ているが(
日本はアメリカを参考に制定した由)小学校から高校までは6年+3年+3年、4年+6年、
ストレートに8年+4年などがあるとのこと、結局は日本の制度に近い選択をしたようである。
私たちが滞在している間に、学校のオープンスクールが行われるとのこと、ニューヨー
クのHARISONでも時々EREMENTARY SCHOOLの参観をさせてもらったので、興味深く出
かけて行った。
風次郎
中庭の藤の花が丁度身頃であった