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ハーバーからフィナンシャルセンター
アメリカで地震の危険性が高いのは西海岸、とりわけカリフォルニアである。
私は今回日本に多大な被害をもたらした震災に当たって、アメリカがいち早く
国家的対応を実施し、尚且つさまざまな地震や津波被害に関する対策機器を示し
ていることに関心を高めていた。勿論その背景は、世界中が地震以上にと言って
いいほど関心を向けている原子力発電所の損壊がもたらす被害への対応があって
のことは言わずもながであろう。特に核兵器保有国にとって、原子力に関する情
報は争奪戦と言っていい。
そちらはともかくとして、ウィキペディアが掲げているアメリカの地震発生分
布図(HPに添付)にはサンフランシスコ(S/F)とロスアンジェルス(L/A)しか見え
ない。。だからS/Fだったら日本の大震災について感心が高く、ある程度の神経
質な災害対策も見えるのかとも思っていた。
S/F近辺はサンアンドレアス断層とヘイワード断層が市域の近くを走ってお
り、日本と同じように、このところも揺れのない日は無い程で、東日本大震災以後
その頻度が増しているとも聞いている。最近の大きな地震も1900年以降2回
あり、直近の1989年10月に起きたロマ・ブリータ地震はM6.9であった。
高速道路やベイブリッジが折れるなど、死者63人に及ぶ悲惨な結果を招き、そ
の5年後1994年にL/Aで起きた大地震の被害と共に近代化された都市での
地震であったこともあって、世界の注視を浴びたのであった。
しかしどうしたことであろう。今回2〜3の関係先や知人、或いは街に出て、日
本の災害の様子を話してみても、思ったほど関心の高さを受け止めることは出来
なかった。(サンノゼの日本食材スーパーに「がんばれニッポン募金箱があった
程度」)
私の感触は世情の一端にすぎないとしても、悲しいかな、人は我が身に迫った
恐怖の感覚であっても、時と共に遠ざけてしまう癖を避けられないのであろうか。
日本の諺、『喉もと過ぎれば――』であろう。
身を置き換えれば私達もそういった癖に流されると言うこと、したがって社会
のシステムとしてその癖に陥らないように手当てしておかねばならないと言うこ
とになる。
カリフォルニアには原発はない。
されど、さすがシステムのU.S.Aである。
今回、空母ジョージワシントンを福島沖に急行させ、日本空域監視権を最大限
活用して、日本政府さえもその傘下に置かんが如き大国としての構えを、見せ付
けられてしまったように、私は思った。
取り敢えず今回のそれは良しとしよう。しかし、彼の国がその重大性を掲げて
取り組む背景には、言わば軍事作戦に類する原子力発電所の被害に対する情報収
集があるからだと思わずにはいられない。米国は世界一の核活用(保有)国である。
さて、我が国の地震に関する環境をあらためて認識するにつけ、南米西海岸、
東南アジアからニュージーランドに至る諸群島と並び、わが国が震源の深い巨大
地震の頻発する列島であれば(参考図をHPに添付)、先の地震予測展望をあらた
めて持たねばなるまい。
原点に返っての策とするならば、不明の危険(地震)の上に別の不明の危険(核
災害)を重ねて対策を採るなどは愚の骨頂と言わざるを得ない。
何をか言わんや、原子の分野はまだ学究の枠のなかにある。研究は先ず研究者
に委ね、応用の凍結を図るのが筋と言うべきであろうと思う。世界には武器の開
発利用が現実として存立し、競争を止めることは不可能である。一方で、今、平
和利用といえども、廃棄物の無害処理は不可能なのである。
少なくも人命を損なうことが明らかな物を起用してはならないし、とりわけ地
震地帯ではそのような装置は整理解消していくことが道筋であろうかと思う。
原子の世界はミクロであれば、マクロの世界、宇宙開発も同じように廃棄物の
処理がスキームとして規定化されていないのが現状であり、それを急ぐべきであ
る。開発研究と実用化は少なくも生命の安全をもって明確に区分されなければな
らない。
自然現象である地震は歴史的統計を世界規模(といっても限られた地域以外は
関心が薄いので先進国ということになるでしょうが)で、分析して災害対策、事後
対応の想定マニュアルと相互援助システムを盛り込んだ協約でも目指すことであ
ろうと思う。
これはしかし、利害関係も如実で、いずれにしてもとてつもない話で―――すね。
それに一方で、エネルギーとしての原子力が極めて効率的だとの論も筋として
罷り通っていることは否めません。いわく、地球温暖化、寒冷化は太陽活動次第
のものにあらず、二酸化炭素温暖化など温室効果ガスによるものであるから、ク
リーンかつ巨大なエネルギー源として原子力は取って代わるに相応しいと。
当然ながら、この論はエネルギー事業採算性の上からも好ましい(現状推進理
由)と確認されているが故に、今再議論の求められるところでしょう。
さらに、「国が先端技術で取り残されてはならない」とか、「安全性は今般の
女川原発を見れば回避の範疇にある」とか、大騒ぎになっている放射線の害につ
いても正しく理解すれば恐れるに足らず、見極めれば健康に効果さえも認められ
るとの反駁さえあるのです。
つまるところ、「地震」と言う推定不能な危険の上に、原子の世界という未確
認の危険を重ねてエネルギー施策の中心におくとは如何なものでしょうか。
私が社会に出ててから大人として師事した先生は、物事を決するに当たって3
つのチェックポイントを教えてくれました。
それは、 @根本に照らして
A多角的に観察して
B長期的な時間枠に置き換えて、判断することであるという。
少なくも誰かの人命に及ぶ危険性を、可能な限りを尽くさない安全性の中で行
うことでは無いように思う。命の尊さに照らして、人命は全てを超越して貴重で
あるのが根本でなくてはならない。
小は原子の世界、大は宇宙のことは、まだまだ神の手中にあるということでし
ょうか。コストはコスト、競争は競争、と割り切って。
サンフランシスコの街を歩きながら、こんなとてつもないことを考えていまし
た。
ふと、街の人は何に最大の関心があるのだろうと自身に問いかけましたが、予
想通り「景気」だったように思います。ハーバーに向かって通って行く街は明るく、
つきなみに賑わっていました。
風次郎
深層地震帯 と カリフォルニアの地震発生状況