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3泊したシーザーパーク「台北」を背景にK氏夫妻とはな
12時30分きっかりにK氏の車が玄関前に到着した。K氏は勤務していた会社の同
期入社で、近くに住んでいる私にとっては貴重な存在の友人である。現役時代経理部、
財務部、事務管理部の経歴、さすが今も几帳面だ。
初めて両夫妻で旅行に出る。
18:20成田発の全日空だから、時間は余るほどだが、お互いにお茶でも飲んで話
していれば2〜3時間は知らぬうちに過ぎてしまうだろうからと、車の場合は万一の事
故や渋滞も想定しなければならないからと、余裕を持って出たのである。
普段はそんなことも考えると車で出掛けると考えたことは無かった。空港から自
宅に戻るときはバスを使うことはあったが、心中「一番楽で安心なのは鉄道だ」と決め込
んでいた。今回は初めて彼の好意を受けて一緒に彼の車に乗せてもらうことにしたのである。
中央道から首都高速4号線を経由、レインボーブリッジから東関東道路経由で行った。
久し振りに首都高速を走ると東京の近代化があらためて認識される。
高層ビルは地震国と思われないほど林立しており、また昨今は、先端のデザインが施
されたユニークなものも目立っている。
レインボーブリッジを渡りながら眺める東京ウォーターフロントなど、まさに世界各地の港風景
に負けないモチーフを現しており、眼を見張るほどの光景を堪能することができる。
ウィークデーの昼下がり、空いている時間帯だったこともあって、順調なドライブだった。
13:00「newUSA」駐車場に到着した。
降り立って周囲を見渡すと、空港周辺には旅行者が、預けて旅立つ為の同じような
駐車場が沢山目に入る。成る程、アメリカばかりが車社会ではないと納得できる。
「newUSA」のマイクロバスで空港着は14時30分、荷物をカウンターに預けて
「ROYALPAV」に入りコーヒーとサンドイッチを注文して寛ぐ。
ホッとした旅立ちの余裕あるひと時、日頃の習慣やしがらみから開放されて、夢を追
いかけようとする狭間の、いかにも自由なひと時がそこにあるように思う。
日本は良い国だが、自分達がいかにも慣れきった社会から解かれて、少しばかりの
冒険をしに旅立つ気分の心地良さがそこにあった。
もとよりK氏夫妻とは、お互いに会食の機会も重ねているので、気が置けない。
台湾は共に初めてだし、正味3泊をゆったりと過そうと語り合っているうちに時は過ぎ
てしまった。
先ごろからアメリカなどでテロの予備軍が捕まるなど、緊張を予想していたのだが、
荷物検査は、ここいつもと同じに思われた。
17時には出国、全日空の搭乗口は最もはずれの58番。18:20の出発予定が
18:50になったが、その間国内にいる外国旅行といった気分でラウンジを歩き回って過す。
○
しばらく、私はラウンジの椅子にもたれて夕暮れの空港を大きなガラス窓越しに眺めていた。
いくつかの飛行機が飛び立ち、いくつかの飛行機が舞い降りてきた。
また、大きな翼を広げた幾つもの飛行機が、広い広い飛行場を移動していた。
灯りをつけた飛行機や、灯りを消したままの旅客機が移動していた。
窓のほとんどない貨物輸送機は少なかった。
私は少年の頃、自分がパイロットに憧れたことを思った。
今でも飛行機を見上げることも、空から地上を見ることも好きだ。
空は広く、空から見る地上もだ。
私たちの住む地上の広さは、飛んでいる飛行機の小さな窓から見ると実に実感できる。
下から見上げる飛行機は豆粒にも及ばないが、
そこに自分が乗っていることを想像するだけで気持が高ぶる。
今、あそこから、地上はどんな風に映っているのだろう、と。
私が3歳だったある日、満州の軍族だった我が家は日本軍の祭典で飛行場に居た。
私はそこで初めて飛行機に乗せてもらったのである。とは言っても飛んだわけでも、動い
たわけでもない。機内を見せてもらっただけであった。
ただ、飛行機に初めて乗った私は、「これで空が飛べるのか!、これが舞い上がるのか!」
と偉大な憧れを抱いたのだと思う。
その後、着物にも靴にも飛行機の描かれた物をねだって求め、飛行機の絵が書かれた下駄
を履いては階段から飛び降りて遊んだらしい。
その頃からパイロットは私の夢だった。 夢はなかなか実現すると言う訳にいかない。
しかし、今日こうして普通に人が飛行機で旅をする時代に私は生きている。
何と仕合せなことだろう。
あの頃の憧れは、空を飛べるということで満たされているのである。
今日もまた、飛行機に乗って旅立つのだ。
○
全日空NH1083便は順調に飛び、途中少し揺れたものの9時30分、台北に着陸した。
約3時間の機内では、丁度かねがね見たいと思っていたマイケルジャクソンの「It is it」
が機内シアターに取り入れられていたので見入った。彼の全身のオーラをフィルム
に表現したと言われる世界的ヒット作だけに、こちらを捕らえて放さないジャクソニズムが、
やはりこれは大型でサウンドの効いた劇場でもう一度見直したいと思うほど刺激的だった。
台北空港では、入国審査でパスポートの生年月日を見た若い女性の審査官から「Happy
Biarthday」を言われ気を良くした。いみじくもその日は2月4日であった。
普通は行われる荷物検査もなく、スムーズにゲートを出ると、全日空から手配してあった
台北旅行者の漢(ハン)氏が出迎えてくれた。
早速漢さんの車に乗り込み市内へ向かう。
漢さんは背の高いハンサムな男で親日的、台北空港は東京をイメージすると埼玉に位置する
場所にあるとか、台湾には板橋、三重、松山など日本の地名と同じ名前があり元々日本の
国とはとても親しいとの解説をして私たちを喜ばせてくれた。
約30分走ると台北駅を見下ろす陸橋をわたり、10時30分シーザーパークホテル
に着いた。明朝9時の再会を約して、部屋に入り私たちは11時30分就寝した。
(風次郎)
駅正面のホテルの隣には¥100ショップ