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ボストンコモン内にあるアメリカ勇者達の墓 ファニエルホール
ボストンコモンというのは「市民のための」と言う意味をこめた公園の呼称だそうである。市街地のど真ん中に
大きな公園があるのはニューヨークとも同じだ。こちらはセントラルパークには及ばないがそれでも20万uもの
広さをもつ、歴史あるアメリカ最古の公園ときいていた。リザーブしたホテル「パークプラザホテル」はこの近くに
あるので、公園を散歩するにも良さそうだと思って選んだ。
公園に近いアーリントン駅で地下鉄を降り、外に出たときはもう暗くなっていた。
暗くなると方角が解らなくて困る。交差点で信号を待って地図を眺めていると、年配の婦人が、「どちらをお探
しでしょうか?」と、声をかけてくれた。ホテルの名前を言うと信号を渡った左側がそのホテルだとにっこりしなが
ら教えてくれた。それがすんなりと自然態で感じ良かった。
何処でも親切にされると町全体まで気に入った気になるものである。これも翌日ガイドに確かめたことではあ
るが、ボストンは伝統的に観光精神を高める運動を展開して、市民の積極的参加も促しているとのことであっ
た。成る程と思った。
ホテルのフロントで部屋を与えられたときにも、担当者からの「どうぞ私にどんなことでも要望してください」の
一言に安心感が増した。早速このホテルには有名な「リーガル・シーフード」と言うレストランがあると聞いてい
るのだが何処にあるのかを問うと、公園寄り、隣のビルに移ったと親切に教えてくれた。
私たちはボストンではその店で食事をするのも楽しみにしていたので、一休みすると外に出た。
1日曇っていたところに、午後からは少し風が吹いて寒さを感ずるほどだった。はなと共に意外に大きなホテル
の建物に沿って舗道を辿りながら首をすくめた。ホテルの建物にも幾つもレストランがあった。ハイクラスの店に
混じってデリがあるのを見たのは思いのほかだった。
「リーガル・シーフード」では待たされることを覚悟していたが、以外やノースモーキングに二人の席が空いたと
ころでラッキーだった。窓際の小さなテーブルだったが、かえってウェイターたちがよく通るので便利だった。
ビールとワインを飲み、ロブスターのコースを2人前注文すると、若いウェイトレスが「食べきれないかもしれな
い」と言った。笑って「良いんだ」と答えると、「Nice Senior!」とウインクして去っていった。
確かに巨大なレッドロブスターが出てきた。それに添えものもいろいろとあって、結局「DOG BAG」をもらって
帰ることになったが、やはりボリュームたっぷりのものが旨いのだと思う。満足した。それにそのウェイトレスが時
々立ち寄っては料理に手を入れてくれたり、話しかけたり、とても感じよく親切で、二人だけの単調な会話を忘れ
た楽しい食事になった。
勿論、私たちはチップをはずむことを忘れなかったことは当然だ――。
○
翌朝、私は早起きをして雨のない空を確かめると外に出た。はなと連れ立って朝食前に散歩することにしてい
たが、いつもの自分の早朝散歩の変わりに、そのまえに少し歩いてみることにした。
フロントを出た通りを100メートルほど右に歩いたら広い交差点があった。公園の真ん中を通り抜けているの
はその先のロングフェロー橋でチャールズ川を渡るチャールズストリートである。
薄明の朝である。舗道にはお洒落な街灯が並んでいる。街灯の明かりで、楓の紅葉が美しく輝いているよう
に見えた。これは夜の散歩も可能にするだろう。
歩道を歩いていく。
道路と園内は塀で分け隔てられているのだが、幾つもある出入り口は開放されているようだ。それぞれの入
り出入り口からの通路は中央のステージのある広場に集まっている。ほとんどが芝生でところどころにいろいろ
な木が植え込まれ、背景にはビーコンヒルの住宅街が公園を取り巻くように広がる朝の風景である。
チャールズストリートを歩き、公園を抜けたところから、高い尖塔のある煉瓦風の建物が見えたので近づいて
行った。尖塔の先には十字架が掲げられていたから古くからある教会かと見えたが、入り口には「CHERLS ST
REET MEETING HOUSE」と刻まれている。これも後でガイドに聞いたのだが、教会が歴史的に街の集会所を兼
ねており、市内に同じような名称の建物が数箇所あるとのことである。
朝の街は住宅街の坂道から時折通勤の人が下りてくるのに出会うのみでとても静かだった。
再び朝食がてら、はなと再び園内を歩きに出た。
「リーガルシーフード」前の広場で、昨晩暗くてよく見ることができなかったリンカーンの奴隷を解放している
モニュメントを眺め、朝の賑わいが増していた公園周辺の通りを渡って行く。
曇り空ではあったが、赤や黄色に染まった葉をつけた大小さまざまな木が公園を埋め尽くし、散策する人の
目を楽しませてくれる。ニューヨークでは何処でもお目にかかるリスが、ここでも愛嬌ある仕草を繰り返しなが
ら芝生の上を木から木へ駆けているのも和やかである。大都会の中の安らぎと言うところか。
私たちはチャールズストリートから左側のパブリックガーデンに入り池のほとりを歩いて、ホテルに戻り、いつ
もと変わらぬパンとコーヒーの朝食をとった。
ゆったりと清々しい空気を吸ってきた後のコーヒーは、香りに豊かさが感じられるものだと思った。
市内観光
ガイドの須藤さんとはバックベイ地区コプレイスクエアで待ち合わせた。10年ほどボストンに住んでいるとい
う方で、街の様子をいろいろと聞かせてくれた。ボストンは学生の溢れる街で、市は財政上他の産業をどう築
いていくかに悩んでいるとのことであった。
彼の車で主要な観光ポイントを案内してもらうことになっていた。
先ず、市の西側にあるレッドソックスの球場(フェンウェイパーク)へ行った。松坂人気で日本人の観光には
必須らしい。旧い球場であった。これもボストンの伝統を守る遺産的な建築物であるが、左翼が短くホームラ
ンを出難くするために11mのフェンスをこしらえて、スタンドを出っ張らせた状態を見てきた。
次にチャールズ川をハーバードブリッジで渡りMIT(マサチューセッツ工科大学)へ行った。
川を渡るとそこはケンブリッジ市である。MITは、元はボストンのコプリースクエアに「ボストン技術学校」の
名称で存在したのであるが、1865年改名、さらに20世紀当初にチャールズ川が埋め立てられた現在地に移
転したのである。となりにはもともと名門のハーバード大学があったから、移転に関してはさまざまな意見があ
ったようだ。日本からも多くの人たちが留学している。
私たちは正面の門を入りよく写真で見かけるグレートドームを見上げた。そしてもう一つの学問の殿堂ハー
バード大学へ行った。
そこはアメリカ最古の大学としての伝統と、教育水準の最高峰を維持すると言われる。
まさに名門、その貫禄に余る広大なキャンパスであった。ここにはさまざまな知識の源が隠されているのだ
ろう。
須藤さんはこの大学の中核とも言うべきワイドナー記念図書館の前で全般を説明してくれた。
その図書館はタイタニック号で息子を失ったワイドナー夫妻によって設立されたとのことであるが、大学は構
内の他の幾つかの図書館と共にシステム運営しており、蔵書は1530万冊、世界のトップレベルに達するとの
ことである。
私たちの立っていた図書館の前は木立もある広場が相向かいの記念教会まで広がっていた。そこは屋外で
はあるが、ターセンテナリー劇場と呼ばれ6月に卒業式の行われるところだそうである。
すぐ隣にはユニバーシティーホールがあり、その前に正面の入り口へ向かう形で名前の由来ジョン・ハーバー
ドの像があった。この像は(3つの嘘の像)とも言われる(ハーバードは創立者ではなく寄贈者である。創立は
1638年ではなく36年。像のモデルは実はハンサムな学生。)信じがたい、平凡?な話も聞いた。
いずれにせよ、そこで学び、世界に羽ばたいて貢献できれば学の殿堂は立派に役割を果たしているというこ
とだろう。憧れは湧いて出る。
ダウンタウン
アメリカ建国の歴史の発端がこの街にはある。
1630年イギリスからの清教徒がショーマット半島と言われるこの地に建設を始めたのである。街は海を埋
め立てて大きくなり、人々は幾つもの戦争を経てまとまっていった。
アメリカは独立も果たし、フィラデルフィアがその中心となるまで、ボストンはイギリス領アメリカの最大の街
として歴史を作ってきたのだ。その歴史の痕跡が今もなお残され語り継がれている街である。
ボストンのランドマーク的存在であるマサチューセッツ州議事堂は、今、ひときわ目立つ丘、ビーコンヒルの
頂上に建っている。旧い議事堂が麓のボストンコモンの面した場所にあり、これがビーコンヒルの最古の建
物。こちらは屋根の上のドームが金色に光っているが、23金だそうである。これに続いて丘には富裕層が住
み始め、今は高級住宅街である。近隣の2つの丘は切り開かれチャールズ川が埋め立てられてバックベイを
形成したのであった。
ビーコンヒルの街区を歩いてみたら、洒落た街灯などは高級な風情ではあるが、今風の生活には道は狭く、
建物は古く不便ではないだろうかと思った。しかし、建物内は快適にして暮らすことに長けたアメリカ人は、今
でもこの町をハイソサエティーの集まりとして保っているらしい。偶然に、テレビで顔馴染みの現職セネター氏
に出くわした。
お昼の場所にはファニエルホールの続きにあるマーケットプレイスがいいだろう、ということで、港に近い元
は倉庫であったような長い建物に入った。クインシーマーケットとも呼ばれているらしい。ブティック、ファースト
フード、メモリーグッズなど沢山の店が入っており、お客もごった返している。観光客ばかりでなく地元の人た
ちも多いようで、和やかで何となく楽しそうな雰囲気のところだった。
テーブルはあちこちに開放されていたので、私たちもサンドイッチやコーヒーを買って席を得た。天井から沢
山垂れ下がった市内の劇場などのポスターと、スピーカからの高い音の音楽が賑わいをさらに強めている感
じがした。
食事を済ませると私たちは買い物を後回しにして、歴史的に有名な「ファニエルホール」へ向かった。私はケ
ネディがここで大統領選の勝利宣言を行ったことは知っていたが、ここでは歴史上アメリカ独立の為の種種の
演説が行われてきたことをあらためて知った。今でも重要な選挙の勝利者がここで宣言する様子を時々テレビ
で見ることがある場所だ。
自由に入れるとのことなので、中二階に上がるほどの階段を上って玄関の扉を押すとそのままホールだった。
煉瓦造りの4階建てでバランスの良い見栄えのする外見からは、ホールも広そうに思えたが、意外と狭く、演
壇の直前から並べられた聴衆席、そして2階の席を含めても200程度であるから、イベントの行われる時は、
常に会場は溢れる光景であることが解った。説明員がいて訪れる人々に懇切な対応をしてくれていた。貴重
な印象を得て、充実した気分であった。
ボストンでは歴史遺産は言うに及ばず、学園都市に相応しい文化的芸術的な遺産にめぐり合える。短い滞
在では、選択に迷うが残りの時間を「ボストン美術館」で過すため、須藤さんの車でボストン美術館に向かっ
た。
ダウンタウンからボストンコモンに近いところに小さな教会と墓があった。そこにはアメリカの自由と独立の
ために戦った愛国者たち(マサチューセッツの初代知事ジョン・ハンコック、英との戦いに貢献したポール・リ
ビア、独立戦争のリーダーサミユエル・アダムス他)が街の中に眠っていると言う。
成る程自分たちの独立を勝ち得、その伝統を守るということに熱を入れてきた象徴の一つかもしれない。
現代のプライドとは少し異なるように思う。
ボストン美術館
パリのルーブル、S.ペテルブルグのエルミタージュ、ニューヨークのメトロポリタンと共に世界四大美術館に
並ぶボストン美術館は、メトロポリタンと同じように収蔵品ゼロからスタートし民間の組織として運営されてい
る。アメリカの独立100周年1876年に開館した。
日本に関心の高かった動物学者モースの関与で、フェノロサやビゲローによる日本での収集品も多く、岡
倉天心も東洋部長として在職したことがあるなど、日本館の存在が有名である。
駐車場から3つあるエントランスのうちステート・ストリート・コーポレーション・フェンウェイ・エントランスに向
かうと美術館はまるで議事堂のような堂々とした印象を受けた。
私たちは迎えに来てくれると言うガイドの須藤さんに礼を言って辞退し、そこで別れてゆっくり鑑賞すること
にした。
入り口で日本語の案内を受け取り近くの独立の頃から時を追ったアメリカの作品から観ていった。その先に
「天心園」と呼ばれる日本庭園があった。石庭と植え込みの静かな佇まいである。殊に日本人にとっては安
らぎである。
さらに、建物の一つのコーナーが日本館になっており、1、2階にわたって広いスペースが使われている。仏
画、仏像などの彫刻が多く、屏風絵など天心の気の入った作品であろうとの感想を持った。また、歌麿らの浮
世絵が5万点のコレクションとのことであるが、その日は北斎の東海道を観た。茶器などの作品は日本ものと
してあちこちで見るが、単品の美しさを感ずる以外私には難しくて解らなくて残念だ。
中国やエジプトのコーナーもあったが、何といってもゆったりと見入って浸ることができるのは西洋印象派の
作品である。はなはパリでも念願の作品にお目にかかったルノアールのここでは「ブージバルの舞踏会」や、
一階の広いホールに掲げられていたゴーギャンの長大作品「我々はどこから来たのか、我々とは何者か、我
々はどこへ行くのか、」に没頭しているようだった。
ミレーは甲府で見てよりとても関心を持っているが、ここの2点「種を蒔く人」「収穫者たちの小休止」は農業
題材に向かう彼の絶頂期であろう心情(活動する人と休める人)を見取れるような気がした。
モネの作品はいつもの通り心休まるひと時を感ずるものであったし、好きなゴッホも見ることができて良かっ
た。
期待していた通りの素晴らしい美術館だと思った。
ブックストアーとつづきのガラスで囲まれた一階のカフェでコーヒーを飲みながら、新しい印象を収めた短い
ボストン紀行を胸にしまいこんで過した。
外は夕暮れ近く、その日も冷たい風が吹き始めていた。学生たちに混じって美術館の前の停留所から、何
かあったのか随分遅れてきた路面電車に乗り、アメリカでは珍しいすし詰め状態の電車を体験しつつホテル
に戻った。
(風次郎)
ボストン美術館(ハンティントン)入口 ゴーギャンの名作を鑑賞