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風次郎の世界旅
 遥かなる大地・トルコ  

music by TAM Music Factory 

  
トロイ遺跡の多重な重なり                トロイはエーゲ海岸から離れてしまった
                     

    (4)エーゲ海岸 トロイ遺跡とアクチャイリゾート

               午後の陽射しは益々強くなってきた。
               バスを降りるとちょっとした広場があり、その先にガイドブックでよく見る大きな木馬が見えた。木馬がまるでトロイの象徴
              のように語られるので、そのあまりに、これも観光用に造られたというのが実情のようである。
               ホメロスの英雄叙事詩によるトロイ戦争で難航したギリシャ軍が、最後の最後一夜にして建造した木馬に潜んで城内に
               入り込み、トロイの陥落を誘った逸話の代物である。
               皆で代わる代わる2階3階へ上り足跡をその記念にした。

               イスタンブールへの関心ばかりが高く、ただ単にトロイの伝説、スパルタの美女ヘレネとトロイのパリス王子にまつわる物
              語の舞台の認識しか持たなかった私は、ここでは、この地域をこれから旅するに、認識を新たにせざるを得なかった。
               それは、ローマの歴史を辿る事をヨーロッパ歩きのひとつのテーマとしていた私にとって、今回のトルコの旅も東西ローマ
              史に完全な終止符を打ったイスタンブールの地を良く確かめることが大事であって、他の観光地を巡ることは半ば付帯的で
              あったからだ。もちろん、ローマにはギリシャからの哲学、文化の漂いがその由来には関与していることは理解の上ではあ
              るが。
               ところが、現地を巡ることには数々の新しい発見ばかりでなく、さらに新しい認識が与えられる。
               ガイド、ギョクチェさんの解説により、この先見学することになっているベルガモンも、エフェスも、さらには今回見ることの
              出来ないアンタルヤ、クズカレスィなど、多くの都市に、古代ローマから帝政に至る遺跡の数々が残されていることを知らされ
              たのである。 
               そもそもトルコの大部分を占めるアナトリア半島は、西のエーゲ海とキプロス島に近いあたりまでの地中海沿岸が、紀元前
              3000年ころから海洋交易による繁栄の地(いわゆるエーゲ文明)であったのだ。ギリシャ繁栄のときからそのギリシャ文明に
              憧憬の情を寄せていたローマの民にとって、この地域は絶大な関心を寄せる境地だったのであった。
               成る程、確かめるほどに地勢の優位性は勿論のこと、屈指の好気候条件も備わっている。
               中でもトロイはその期を通じて繁栄と衰退を繰り返したのだと説明を受けた(未発掘の重なった遺跡)。
               ローマ人にとって建国の根底に潜む憧憬はギリシャから、さらにエーゲ海を下る東国にあったのかも知れない。

               トロイの遺跡は、今だに発掘の著についた(実際に発掘が行われたのは、殆ど伝説を信じてプリアモスの財宝を見つけた
              ドイツ人シュリューマンの所業に止まっているようだ。)ばかりのように夏草に埋もれた遺跡であった。
               盛衰の影を秘めて何層にも重なり、いまローマ時代の第9市までが確認できているのみという。この国の歴史遺産はまだ
              まだこれから注目されていくのだろう。
               石組みの城壁、神殿の礎石、当時の貯蔵に用いられた壷などがさらされた状態で順路に続き、置かれていた。
               城跡の高台に上ると、トロイの時代に船が着いたとされる掘割状の地形の向こうに、今はそれこそ数キロの彼方になって
              しまったエーゲ海の海面が見えていた。

                                                ○

               トロイの遺跡から南へ向かう道路は、岬のようにエーゲ海につきだした半島状の台地を縦断する山道であった。平地には
              日本のものに良く似た松ノ木が見られたが、ここの、ところどころ崩れそうな岩壁も見られる斜面には、緑の葉を沢山つけた
              広葉樹も多く見られた。
               名は知らぬが黄色や白の花が見え隠れする曲がりくねった道路が続いた。
               ふと、遠い昔伊豆半島の海岸線めぐりをした時のことを思い出した。
               熱海から下田は東側の、石廊崎から戸田(へた)に向かっては西側の海岸線に沿った海を眺めつつも、危険にさえ感ずる
              入り江の多い急な斜面が海に落ちている道路は、ここに似ていると思った。しかし、ここでは時々車窓から見える海は遥か
              彼方であった。
               幾つかの起伏とカーブを、運転手は器用にこなしつつ一時間も走った。
               台地を降りると、海岸沿いの道路はもうアクチャイのリゾート地区に入ったようである。窓から見る海もこのあたりは静かで、
              所々に浮いて立つような岩が並んだ海岸であった。
               沖のレスポス島(ギリシャ領)を抱え込むような形で湾状の海岸線がアクチャイから先のアイワルクあたりまで続いており、
              トルコの人々の絶好なシーリゾートになっているとの事である。

               私たちが泊まったアクチャイのホテルは「サルファン」。フロントの前の道路を挟んで海水浴場が広がっていた。傾いた西
              陽を浴びて、パラソルやショワーベッドが並び、浜辺には大勢の人達が寛いでいる。
               チェックインが済むと私もはなと連れ立ってエーゲ海の美しい海に触れる為に出かけていった。はなは裸足になってエー
              ゲ海の水に足を濡らし砂浜を歩いた。
               ふと気がつくと、近くのパラソルの下にガイドのギョクチェがいた。随分素早い変身だなと思ったが、ガイドにも寛ぎの時間
               があってよいのは当然だ。
               ビキニの水着にサングラスを掛け、美形にまだ若さ絶頂の彼女の姿には眩しささえ漂っている。到着したらすぐ海に出て、
              ひと泳ぎして帰るところだと言った。
               「こんなに綺麗な海だから気持ちが良かっただろう」と声をかけると、――いつもここえ来ると泳ぐのだ――と呟くように言った。
               アクチャイの海は彼女のお気に入りらしい。海は遠浅で穏やかなので、少し沖まで行くのが良いのだと、そこらあたりまで行
              くとこの海はもっと綺麗なのだと言った。
               そう話す彼女の眼をあらためて見ていると、絵で描いたように上瞼と下瞼が公平の曲線で、クッキリした睫の下に並んでいる。
               少し大きめの鼻が整って三角に突き出し、やはりこの目鼻立ちがいわゆるトルコ民族の典型にあたるのだろうか、と思わせる。
               たしかに美形と言える。
              若い彼女はその演歌歌手のような声も手伝って、はしゃぎはなく、どことなく寂しがりやで、孤にとどまっていようとしているらし
              い雰囲気を感じさせるのだった。
               もしやそれもイスラムの女性の性に通づるものでもあろうか。
               トルコの印象をそこにも一つ得るのだった。

                                                      ○

               ビーチでしばらくエーゲ海を渡ってくる空気を吸って私たちも寛いだ。 
               このあたりは近年新たに海水浴場を中心としたリゾート開発が行われているところらしい。
               ホテルサルファンはその中心になっているようだ。ホテルの隣には季節貸しのマンションが10数棟も建ち並び、その背後に
              あたる南向きの傾斜地には、別荘らしい洒落た建物が沢山建っている。これからのシーズン賑わうのだろう。海岸道路も整備
              が進められているようで、あちこちに資材の塊があった。

               昔からの部落がホテルから少し離れて見えていた。ホテルの近くにも道路際に小さな店があったので入ってみたのだが、す
              こしばかりの食料品が置いてあるのみで興味深いところではなくホテルに引き返すことにした。
               ホテルの中庭には円形のプールがあり、若いカップルと家族連れが遊んでいた。いずれもヨーロッパの人達のようである。
               中に混じって泳ぐ気にはなれなかった。

               夕食は一階の大きなダイニングルームにあるトルコ料理のビュッフェであった。
               グループの人達と、まとまったテーブルに席を取った。旅仲間との食事は次第に親しさを増してくるにつれ、会話も盛り上がり、
              それぞれの個性も発揮されたりして楽しいものである。旅は道ずれ、どの旅も新しい出会いは楽しみの一つである。

               私はトルコ料理にはあまり馴染めなかった。世界の3大料理と評されているのでこの際に好みを見つけようと期待していたの
              だが、思い通りにはいかないものだ。
               料理全体に日本料理のようなエレガントさ(見た目の美しさ)がなくて、それに調理は、どちらかというと雑のような気がする。
               味も香辛料により個人の好みを珍重できるのは良いのだろうが、塩や辛さが強調されたものが多い。
               ケバブという串焼きにした羊の肉が削がれて皿に盛ってあった。本来は串焼きのままとか、削ぎながら食べるものらしい。こ
              れにもいろいろな香辛料を使って特徴を出すようだ。何種類か出ていたが、口に合うものはなかった。食べ方を心得ないせい
              もあるのだろう。
               また葉野菜類は少なく、普段それを生のまま食べている私には物足りなかった。

               そのディナーを皮切りに、旅行中は結局のところ努めてアメリカンビュッフェの朝食に出されるメニューに似たものを選んで食
              べて過ごすことになった。
               ただ、トルコはデザート向けのような菓子がポピュラーで、大体食後には大いに甘いケーキ風の菓子を食べる習慣のようだし、
              ぶどう、アンズ、などの干した木の実やピスタチオなどの香ばしい豆類はが沢山並ぶので、好物とする私にはありがたかった。
               また、それらはチャイという有名なトルコのお茶によく合い、淡白に喉を通るこのお茶と共に旅行中ずっと愛用した。
               りんごが良く取れるそうで殆どのホテルのビュッフェのテーブルには載っていたが、小粒だし、とても日本のものとは比較にな
              らない代物で食べられなかった。

                                       〇 〇 〇 〇  〇 〇 〇 〇〇 〇 〇 〇  〇 〇 〇 〇

  
         アクチャイ海岸                          ホテルに続くリゾートマンション    

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